段ボールの中に入った瞬間から、別の生き物になった
大きな段ボール箱を輪にして、中に入って四つん這いになる。体を前に動かすと、段ボールがごろごろと転がっていく。自分が動かしているのか、段ボールに動かされているのか、よく分からない感覚がある。
昭和の子どもたちはこれをキャタピラーと呼んでいた。芋虫や戦車のキャタピラのように地面を這い進む動きから来た名前だ。ルールはシンプルで、早くゴールまで進んだチームが勝ち。それだけなのに、体育館でこれが始まると必ず誰かが声を上げた。
うまく進めなくて段ボールごと横に倒れる。進む方向がずれて壁に向かっていく。中から必死に方向を修正しようとしているのに、外から見ると段ボールが酔っ払いのように揺れている。
笑いと全力が同時に来る遊びだ。段ボール一枚で。
段ボールキャタピラーとはなにか|廃材が生んだ昭和の体育遊びの発想
起源と昭和での広まり
段ボールを使った遊びが体育や学校行事に取り入れられたのは昭和40〜50年代ごろで、廃材を活用した工作遊びの延長として自然発生的に広まったと考えられている。家電製品や大型商品の梱包に使われた大きな段ボール箱が、戦後の消費社会の拡大とともに家庭や学校に出回るようになり、それを遊び道具に転用する発想が生まれた。
キャタピラーという名称は軍用戦車や重機のクローラー(無限軌道)に由来し、中に入って転がす動きが似ていることから呼ばれるようになった。学校によってはいもむし競争、段ボール転がしなど異なる名前で呼ばれていた。
運動会の種目や体育の時間に取り入れる学校が昭和後期に増え、子ども自身が段ボールを持ち寄って手作りする文化が定着した。
なぜ体育的な価値があるか
一見ふざけた遊びに見えるが、段ボールキャタピラーは全身を使う運動だ。四つん這いの姿勢で体重を支えながら前後左右に動かす動作は、腕・肩・体幹・脚を同時に使う。段ボールという不安定な筒の中でバランスを取りながら進む経験は、体幹の安定性と空間認識を鍛える。
昭和の体育教師たちはこの運動的価値に気づいていたからこそ、廃材を授業に持ち込んだのだと思う。
基本データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 材料 | 大型の段ボール箱(冷蔵庫・洗濯機の梱包箱が最適) |
| 道具 | ガムテープ、はさみ |
| 人数 | 1チーム2〜4人。リレー形式で何人でも参加できる |
| 場所 | 体育館、広いホール、広場など平らな場所 |
| 対象年齢 | 幼稚園児から小学校高学年まで |
| 費用 | 段ボールは家電量販店などで無料でもらえることが多い |
作り方と遊び方|段ボールを輪にするところから勝負は始まる
段ボールキャタピラーの作り方
ステップ1:大きな段ボール箱を解体する
冷蔵庫や洗濯機の梱包に使われた大型の段ボール箱を解体し、一枚の大きな板状にする。子どもが一人入れるサイズが目安で、横幅60〜80センチ、長さ120〜150センチ程度あれば十分だ。
ステップ2:筒状に丸めてテープで固定する
段ボールを筒状に丸め、中に子どもが入って四つん這いになれる直径になるよう調整する。直径40〜50センチ程度が動きやすい。丸めた端をガムテープでしっかり固定する。固定が甘いと使用中に開いてしまうため、何重にも貼る。
ステップ3:内側の角を滑らかにする
段ボールの断面が手や膝に当たると痛い。内側の鋭い部分をガムテープで覆うか、折り込んで滑らかにしておく。この一手間が長く遊べるかどうかを左右する。
ステップ4:複数台作って競争に備える
チーム対抗にする場合は台数分作る。同じサイズと強度に揃えると公平感が保たれる。段ボールの厚みや硬さが違うと耐久性が変わるため、同じ素材から作るのが理想だ。
遊び方の基本
ステップ1:中に入って四つん這いになる
段ボールの輪の中に入り、手と膝を床につけた四つん這いの姿勢になる。頭が段ボールの輪の内側に収まるようにする。
ステップ2:手と膝を交互に動かして前進する
手を前に出しながら膝を後ろから前に引き付ける動作を繰り返すと、段ボールがごろごろと転がって前進する。腰を上げすぎると段ボールの上端に当たり、低すぎると膝が床を引きずる。ちょうどよい姿勢を見つけるまでに少し時間がかかる。
ステップ3:方向を修正しながら進む
まっすぐ進めないのが段ボールキャタピラーの面白さでもあり難しさでもある。左右に動きたいときは、体を傾けながら手の位置を調整する。慣れてくるほどコントロールが上達し、速さと正確さが増してくる。
リレー形式での対抗戦
コースの端にチームごとの段ボールを置き、一人ずつ中に入ってゴールまで進み、戻って次の人に渡す。次の人が入ったらスタートするリレー形式が最も盛り上がりやすい。
コース上にコーンを置いてジグザグに進むルートにすると難易度が上がる。障害物を設けて段ボールを転がりながら乗り越えるコースにすると、さらに体力と技術が必要になる。
体験談|運動会の練習で、段ボールごと壁に突っ込んだ
小学2年の秋、運動会の練習でキャタピラー競争があった。
はじめて段ボールの中に入ったとき、思ったより暗くて狭かった。四つん這いになって手を動かしたら、段ボールが動いた。思っていた方向ではなかった。右に行きたいのに左に進んでいく。修正しようとしたら今度はくるくる回り始めた。
外から見ていたチームメイトが笑っている声がした。笑われていると分かっていても、どうにもできなかった。最終的に段ボールごと体育館の壁に向かって進んでいき、ごつんと当たって止まった。
中から顔を出したら、先生も笑っていた。
本番の運動会では、壁には当たらなかった。あの練習の恥ずかしさが、自分の中で修正を促したのだと思う。うまくいかなかった記憶の方が、うまくいった記憶よりずっと鮮明に残っている。
気をつけておきたいこと
中が見えないため、進行方向の安全確認は外にいる大人が担当する。他の選手や壁との衝突を防ぐため、コースを明確に設定しておく。段ボールは使用を繰り返すと破れてきて鋭い断面が出やすいため、定期的に状態を確認してガムテープで補修する。床が滑りやすい場合は膝当てや薄いジョガーパンツを着用すると安全だ。
令和アレンジ|段ボールキャタピラーを現代の感覚で楽しむ
デコレーションして個性を出す
段ボールキャタピラーに絵を描いたり、色を塗ったりしてオリジナルデザインにする。チームカラーで塗り分ける、芋虫や戦車の絵を描く、名前や番号をつける——完成したキャタピラーを並べると一気に賑やかになる。作る過程が制作活動になり、当日の遊びへの愛着が増す。
複数人で同時に入る大型版を作る
複数の段ボールを横につなげて長い筒を作り、2〜3人が同時に入ってチームで進む大型版にすると、連携と協調が必須になる。同じリズムで動かないと進まない。声を合わせて「せーの」と言いながら動く経験が、チームとして息を合わせる感覚を育てる。
ゴールの演出を子どもたちが考える
スタートとゴールの設定を子どもたちに任せる。障害物の種類、コースの曲がり方、ゴールの形——これらを自分たちで決めると、ルールへの主体性が一気に高まる。毎回コースを変えると、同じ道具でも飽きずに続けられる。
保育・幼稚園での導入として
大型段ボールの中に入って移動する体験は、3〜5歳児の体幹と空間認識の発達に適した活動として保育の現場で取り入れやすい。はじめは一人で入るだけから始め、慣れてきたら短い距離を進む、コースを作るという段階を踏む。道具を自分で作ることへの参加感が、完成後の遊びへの集中力を高める。
廃材活用の教育と組み合わせる
段ボールがどこから来るものかを子どもたちに話してから工作を始めると、廃材活用の視点が育つ。家電量販店や引越し業者から段ボールをもらう体験を子どもと一緒にやることで、リソースを探して活用する感覚の入り口になる。
段ボールキャタピラーが育てるもの
全身の協調と体幹の強化
四つん這いの姿勢を維持しながら腕と膝を交互に動かす動作は、体幹・上肢・下肢を同時に使う全身運動だ。不安定な筒の中でバランスを取りながら方向を制御する経験が、体幹の安定性と体の各部位の協調を鍛える。見た目のおかしさとは裏腹に、運動的な負荷は相当に高い。
空間認識と方向感覚
視界が遮られた状態で移動する体験は、体の感覚だけを頼りに方向を判断する空間認識の訓練になる。目で確認できない状況での体の位置感覚を養うこの経験は、スポーツ全般に応用できる感覚だ。
試行錯誤と自己修正
最初はうまく進めない。どうすれば真っすぐ進むかを自分で探しながら修正していく過程が、身体的な問題解決の実践になる。誰かに教わるより、体が感覚をつかんでいく方がこの種の遊びでは深く残る。
道具を作る達成感
ゲームを始める前に自分たちで段ボールを丸めてテープで固定する工程がある。完成した道具を自分で作ったという感覚が、遊びへの参加意識を高める。買ってきたものではなく、手を動かして作ったものだから、大切に使おうとする気持ちが自然に生まれる。
段ボールの中で、全力で転がった
段ボールキャタピラーは笑える遊びだ。でも中に入った本人は、全力だ。
うまく進まなくて横に倒れる。思わぬ方向に行く。壁に当たる。でも笑いながら立て直して、また中に入る。外から見ると滑稽で、中から動かしているときは必死だ。その両面が同時に成立している遊びを、他にそう多くは知らない。
大型の段ボールを一枚用意するだけで、今日の体育館が別の場所に変わる。作るところから始めてほしい。丸めてテープで固定して、中に入って進んでみる。最初は必ず変な方向に行く。それが面白い。
