こたつの上で駒が鳴っていた
正月は祖父の家だった
床の間の隅に、脚付きの将棋盤が立てかけてあった。子どもの目には、あれがやけに立派なものに見えたものだ。
孫連中は将棋を指しはしない。金将を四枚だけ抜き取って、こたつの上でカラカラと振っていた。立った、十だ、と大騒ぎして、祖父に盤を傷つけるなと叱られる。それでもまた振る。歩から香車、桂馬、銀へと出世していくのが嬉しくて、みかんが空になるまでやっていた。
揉めることまで含めて遊びだった
面白いのは、あとになって友達と遊ぼうとすると、必ずルールが違うことだ。
え、ションベンって知らないの。おんぶは無しだろ。毎回そこから揉める。そして揉めること自体が、また楽しかった。
まわり将棋は将棋を知らなくても遊べる。ルールは十分で覚えられる。それでいて、江戸時代から続くれっきとした伝承遊びだ。
まわり将棋という遊びの正体
将棋盤で遊ぶすごろく
まわり将棋は、将棋盤と駒を使ったすごろくだ。回り将棋、丸将棋、金転がしとも呼ばれる。
サイコロの代わりに使うのは金将四枚。これを盤の上に振り落とし、駒がどう転がったかで進むマス数が決まる。将棋盤のいちばん外側のマスをぐるぐると周回し、角に止まるたびに自分の駒が出世していく。王将になって上がれば勝ちだ。
将棋の指し方を一切知らなくても遊べる。ここが要になる。
起源は江戸のむこう側にある
昭和の遊びとして紹介されることが多いが、実際にはもっと古い。
1830年、文政13年に序文が書かれた風俗事典の嬉遊笑覧や、1907年、明治40年の世界遊戯法大全にも紹介されているとされ、少なくとも江戸時代後期には遊ばれていたと考えられている。
江戸の子どもも、明治の子どもも、大正も昭和も平成も、同じように金将を振っていた。二百年近く受け継がれてきた遊びだと思うと、少し背筋が伸びる。
公式ルールが存在しない
まわり将棋には、厳密な公式ルールがない。
地域ごと、家庭ごと、なんなら学校のクラスごとに違う。ションベン、ベッタ、おんぶ、戦争。独特の呼び名がついたローカルルールが、全国に無数にある。
これは欠点ではなく、この遊びの豊かさそのものだ。まずは基本形を覚えて、あとは自分の家のルールを作ればいい。
道具と人数
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 道具 | 将棋盤一面、歩兵を人数分、金将四枚 |
| 人数 | 二人から四人。三人か四人が向く |
| 対象年齢 | 五歳ごろから大人まで |
| 所要時間 | 二十分から四十分 |
| 場所 | 室内、テーブルの上 |
| 費用 | 将棋セットがあればゼロ円 |
将棋セットがなくても構わない。百円ショップのプラスチック製で十分遊べるし、気兼ねなく振れるという点ではむしろそちらが向いている。
まわり将棋の遊び方
自分の駒と陣地を決める
各自が歩兵を一枚取り、これを自分の分身にする。
置く場所は将棋盤の四隅。ここが自分の陣地になる。二人なら対角線上の二つの隅に置く。三人か四人なら、四隅にそれぞれ置く。
普通のすごろくと違い、スタート地点が人数分あるのが面白い。進む方向は全員共通で、盤の外周に沿ってぐるぐる回る。外周は全部で三十二マス。
金将四枚を振る
手番の人が金将四枚を両手で包むように持ち、盤の上に振り落とす。そして、駒がどんな向きで止まったかを読む。ここが醍醐味になる。
| 駒の状態 | 呼び名 | 数 |
|---|---|---|
| 裏向き、無地の面が上 | ウラ | 0 |
| 表向き、金将の字が読める | オモテ | 1 |
| 側面を下にして立つ | ヨコ、立ち | 5 |
| まっすぐ直立する、底面で立つ | タテ、立ち | 10 |
| 先端で逆立ちする | 逆立ち | 30から100、超レア |
四枚の合計が進むマス数になる。表二枚に裏一枚、直立一枚なら、1と1と0と10で十二マス。駒が立った瞬間の歓声が、この遊びの頂点だ。
小さな子と遊ぶなら、表の枚数だけ進むという簡易版でも十分に成立する。慣れてきたら立ちを導入すればいい。
外周をぐるぐる進む
出た数だけ外周のマスを進む。内側のマスには入らない。ひたすら外周を回るだけ。だからまわり将棋という。
角に止まると出世する
この遊びの核心が、出世のしくみだ。
盤の角にぴったり止まると、自分の駒がワンランク上に交換される。歩兵から香車、桂馬、銀将、金将、角行、飛車、そして王将。
行き過ぎてもだめ。手前で止まってもだめ。あと一マスだったのに、という悔しさが、この遊びの味になっている。
角にぴったり止まらなくても一周すれば出世、というルールも広く行われている。小さな子と遊ぶなら、そちらのほうが進みが早くて飽きない。
なお角行、飛車、王将は将棋セットに二枚ずつしかない。三人や四人で遊ぶ場合は、余った駒を裏返して代用するなど、先に決めておくといい。
王将で角に止まればあがり
王将になって、さらに角にぴったり止まれば勝ちになる。
ここでも、一周すればあがり、外周から内側へ進んで中央の五五に到達したらあがりなど、地域ごとの終わり方がある。始める前に全員で確認しておけば揉めない。
盤と駒と、手のこと
硬い駒を盤の上に投げつける遊びなので、いくつか押さえておきたい。
高価な将棋盤と駒は使わない。榧の盤や本黄楊の駒は必ず傷む。実用品か、百円ショップのセットで十分だ。
盤の下にフェルトや厚手のタオルを敷くと、音も傷も軽くなる。座卓や食卓を守れる。
振るときは低い位置から。高く投げると駒が飛んで、人にも家具にも当たる。飛んだ駒は必ず全部拾う。将棋の駒は踏むと痛いし、なくすと将棋が指せなくなる。
三歳未満の子がいる場合は注意がいる。駒は口に入るサイズだ。
そして最後にもう一つ。始める前にルールを全員で確認する。まわり将棋の喧嘩は、九割がルールの認識違いから起こる。
全国に伝わるローカルルール
ションベン
振った金将が一枚でも盤の外に落ちたら、その回は無効。ゼロマスになる。
子どもは必ず張り切って強く振るので、これが頻発する。名前のインパクトも含めて、いちばん記憶に残っているルールかもしれない。
山、川、ベッタ
振った金将が二枚以上重なってしまったら無効。
地域によっては、出た目の数だけ後ろに戻るという厳しいルールになる。これをベッタ、だんごと呼ぶ。せっかく大きな目が出たのに大幅後退、という悲劇が起きる。
ワープ
自分の陣地ではない角にぴったり止まると、次の角まで一気にワープできる。
一発逆転が起きるので、盛り上がる。
おんぶ
自分の駒が他のプレイヤーの駒と同じマスに止まったら、その上に乗っかることができる。
下になった人が駒を進めると、上に乗った人も一緒に運ばれる。乗られた側はたまったものではないが、そこがまた面白い。
戦争
盤上で他のプレイヤーと向かい合ったとき、その二人だけで勝負をするというルールもある。
金将を振って互いの間を往復し、先に戻ったほうが勝ち。勝てばランクが一つ上がり、負ければ下がる。まわり将棋のなかでも、とりわけドラマチックな部類だ。
令和の道具を足してみる
出世記録を残す
紙でもスプレッドシートでも構わない。誰が何回目の手番で王将になったかを記録する。
歴代最速あがり記録を家族で更新していく。これだけで、正月やお盆に集まるたびに遊ぶ理由が生まれる。記録が残る遊びは続く遊びになる。昔も今も変わらない。
立ちの瞬間をスローで撮る
駒が直立する確率は決して高くない。だからこそスマホのスローモーション撮影の出番になる。
カラカラと転がった駒が、最後にすっと立ち上がる瞬間。これが想像以上に美しく撮れる。まわり将棋、昔遊び、伝承遊びといったタグをつけてSNSに投稿すれば、同じ遊びを知る人が必ず反応する。
わが家のルールを紙に残す
家族で新ルールを一つ考えて、名前をつけて、紙に書いて将棋盤の箱に入れておく。
金将が全部裏なら全員一マス下がる。王将になったら一回だけやり直しができる。何でもいい。子どもが考えたルールほど突拍子もなくて面白い。
そのメモは、十年後に見つけたとき、驚くほどの宝物になる。
大人の懇親会で使う
これが大人にこそ刺さる。
歩から王将までを役職に見立てて遊ぶ。名刺を横に置くと、妙にリアルで盛り上がる。ションベンを出した人が乾杯の音頭を取るという罰ゲームを足してもいい。二人一組で交互に振るチーム戦にすれば、責任の押しつけ合いが始まる。
道具が将棋盤一面で済むので、旅館の宴会場や社員旅行にも持っていける。
どこでも持ち歩く
キャンプ、帰省の新幹線、旅先の宿。軽いプラスチック製やマグネット式の将棋セットがあれば、どこでも遊べる。
マグネット式なら多少揺れても駒が動かない。移動中の暇つぶしとしては、かなり優秀だ。
将棋への入り口として
そして忘れてはいけないのが、これ。
まわり将棋は、子どもが駒の名前を覚えるための入り口になる。香車、桂馬、銀将、角行。出世していくうちに、勝手に読めるようになる。将棋というと構えてしまう子も、これなら入っていける。
将棋人気が続く今、まずまわり将棋から、という順番はかなり理にかなっている。
遊んだあとに何が残るか
足し算が真剣勝負になる
1と1と0と10で、いくつ。
毎回この計算をする。しかも自分の得のかかった計算なので、頭の回り方がまるで違う。計算ドリルの何倍も集中する。
思い通りにならないことを覚える
将棋は実力の勝負だが、まわり将棋は運の勝負だ。強い子も弱い子も、大人も子どもも同じ土俵に立つ。
そして思い通りにならない。あと一マスで角なのに六が出る。立ちが出て大逆転される。このどうにもならなさを笑って受け入れる経験は、かなり貴重なものだと思う。
待つ時間と、見守る時間
自分の番が来るまでじっと待つ。他の人の駒が立つのを一緒に見守る。
短い動画を次々に送る時代に、他人の手番を待つ時間は、意識して用意しないと手に入らない。
世代を超えられる
ルールが単純で、運が支配する遊びなので、五歳の孫と八十歳の祖父が本気で勝負できる。
しかも祖父母世代は、たいてい遊んだことがある。昔はこういうルールだった、と語り出す。そこから会話が生まれる。
押し入れの将棋セットを出す
準備は一分で足りる
タンスの上や押し入れの奥に、使っていない将棋セットが眠っていないだろうか。
必要なのは盤が一面と、歩兵が人数分、そして金将が四枚。ルールは十分で覚えられる。準備は一分。それで家族が一時間笑っていられる。
正月でなくてもいい。雨の日曜日でも、帰省の夜でも、学童や放課後の教室でも、まわり将棋は成立する。
記憶を掘り起こしてみる
遊んだら、自分の記憶を掘り起こしてほしい。うちのルールはこうだった、という話が必ず出てくる。
それを子どもや孫に伝えることが、伝承遊びを伝承遊びたらしめる。二百年つながってきた遊びを、あと少しだけ先へつなぐ。
まずは金将を四枚。手のひらで振ってみるといい。あの音がする。
