体育倉庫の隅に積まれていた輪
昭和の小学校にあったもの
小学校の体育倉庫。跳び箱とマットの向こう側に、色とりどりのフラフープが輪投げの的のように積み重ねてありました。
赤、青、黄色。ところどころ塗装がはげて、継ぎ目のテープが浮いている。私たちはあれを引っ張り出しては腰で回して回数を競い、飽きると地面を転がして追いかけ、最後はケンケンパの輪にして遊んでいました。
なんてことのない、ただの輪っかです。
その輪が今、大人を悩ませている
ところがその輪っかが今、大の大人を本気で悩ませています。
数人で輪になり、全員の人差し指の上にフラフープを乗せて、床まで下ろすだけ。それだけのことができない。下ろそうとすればするほど、フラフープはふわりと上へ浮き上がっていく。
まるでヘリウムが入っているかのように動く。だからヘリウムリングという名前がついています。
企業研修で、学校の学級レクで、子ども会で。今、静かに広がっているこの遊びを紹介します。用意するものはフラフープ一本だけです。
ヘリウムリングとはどんなアクティビティか
下ろすだけなのに下ろせない
ヘリウムリングは、フープダウンとも呼ばれます。
やることは一つ。数人で輪になってフラフープを人差し指の上に乗せ、誰も指を離さないまま床まで下ろす。
ルールを聞いた全員が、そんなの簡単でしょう、という顔をします。そして始めて三十秒で、その顔が変わります。
下ろそうとしているのにフープは上がる。ちょっと、上げてるでしょ。上げてないよ。誰も嘘をついていないのに、フープだけが浮き上がっていく。この理不尽さがヘリウムリングの本体です。
フラフープが日本に来た日
道具のほうの話を少しさせてください。
フラフープが日本に上陸したのは、1958年、昭和33年の10月18日。東京の各デパートで一斉に発売されました。値段は大人向けが270円、子ども向けが200円です。
これがとんでもないブームになりました。発売から一か月で約80万本。店には行列ができ、美容と健康にいいという触れ込みで、子どもだけでなく大人まで夢中になった。
ところが、このブームはあっけなく終わります。フラフープで遊んだ子どもが腹痛を起こしたことから、腸捻転になるという噂が全国に広がり、小学校では禁止令まで出た。上陸からわずか二か月足らずで、大ブームは急速にしぼんでいきました。
腸捻転とフラフープの因果関係は、のちに科学的に否定されています。濡れ衣だったわけです。当時の知識人はこの騒動を見て、日本人を熱しやすく冷めやすいと評したそうですが、令和のSNSを眺めていると、その評価は今も有効な気がします。
この大ブームは、私が生まれるより前の話です。母から、みんな腰を振ってたのよ、と笑いながら聞かされた程度でした。
ただ、そのフラフープが体育倉庫に残っていた。あの輪が六十年以上経った今、研修室で大人を唸らせている。道具というのは、こうやって生き延びるのだと思います。
道具と人数
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 道具 | フラフープ一本、一チームにつき |
| 人数 | 一チーム六人から十人ほど |
| 対象年齢 | 小学校中学年ごろから大人まで |
| 所要時間 | 一回五分と、振り返りに五分 |
| 場所 | 室内でも屋外でも、平らな床であれば |
| 費用 | 数百円から千円程度 |
百円ショップやホームセンターで手に入ります。人数が多いほど難しくなり、少ないほど簡単になる。ここが難易度調整のつまみになります。
ヘリウムリングの遊び方
フラフープを囲んで円になる
一チーム六人から十人で、フラフープを中心に円形に立ちます。
全員が内側を向き、間隔をなるべく均等に取る。ここが偏ると、最初から傾いてうまくいきません。
人差し指を出す
全員、利き手をグーの形にして、人差し指だけをまっすぐ前に伸ばします。そしてその人差し指の第一関節のあたりに、フラフープを水平に乗せる。
乗せるだけです。握ってはいけません。ひっかけてもいけません。この乗せるだけという状態が、この遊びのすべてを支配します。
スタートの高さを決める
胸の高さ、あるいは背の高さが真ん中くらいの人の目の高さあたりに合わせます。
参加者の身長がばらばらなので、全員が無理なく指を出せる高さを、始める前に調整しておきましょう。
全員でゆっくり下ろす
よーい、スタートの合図で、床を目指して下ろしていきます。制限時間は五分程度が目安です。
そして、ここでほぼ確実にフープが上昇を始めます。焦った声が飛び交い、笑いが起き、誰かが一回止まろうと言い出す。この過程こそがヘリウムリングの中身です。
ルール違反があれば最初の高さに戻る
誰か一人でも指がフープから離れた。指を曲げて引っかけた。爪を立てた、握った。人差し指以外の場所で触れた。
これらの場合は、いったん中断してスタートの高さからやり直しになります。
厳しいようですが、このやり直しがあるから成立する遊びです。ゆるくすると、途端につまらなくなります。ただし初回だけは様子を見て軽い注意にとどめるなど、参加者の理解度に合わせた運用をするとスムーズです。
なぜ上がるのか
種を明かすと、実にシンプルです。
フラフープは、驚くほど軽い。一方で参加者は全員、指を離してはいけないと強く意識しています。だから無意識のうちに、指をほんの少しだけ上へ押し上げてしまう。
八人いれば、そのほんの少しが八つ分。指が押し上げる力の合計が、フープの重さをあっさり上回ります。
そしてフープが上がると、全員が離れてしまうと焦って、さらに指を追いかけて上げる。上がる、追いかける、また上がる。この繰り返しで、フープは天井に向かっていきます。
誰も悪くない。全員が真面目にやっている。それなのに結果が真逆になる。心当たりのある大人は多いはずです。私は多い。
成功のコツ
ヒントを出すタイミングは進行役の裁量ですが、参考までに書いておきます。
上昇が始まったら、まず全員で一度止まる。声を出して合図を合わせる。せーの、でも、いち、に、さん、でもいい。リーダーを一人決める。全員が指示すると必ず混乱します。
一気に下ろそうとしない。五センチずつでいい。
そして、指を下げるのではなく、フープについていく意識に変える。最後の一つが、実はいちばん効きます。
安全面の注意
下ろすときに顔が近づきます。頭をぶつけないよう、周囲を確認しながら進めてください。
床に近づくと全員がしゃがみます。膝や腰に不安のある方がいる場合は、椅子に座った状態でテーブル上に下ろす形に変えるといいでしょう。
爪を立てない。ルール違反であると同時に、隣の人を傷つける恐れがあります。指を反らせすぎないこと。特に高齢の参加者は無理をしがちです。
フープが落ちても慌てない。軽いので危険はありませんが、驚いて転ばないように。
そしてうまくいかないことを責めない。これは遊びのルールというより、進行役の心構えです。
令和の道具を足してみる
記録を残してタイムアタック
成功までの時間を計測し、チームごとに記録を残します。
一回目八分、二回目三分、三回目一分二十秒。この短縮そのものが、チームが変わった証拠になります。数字で見えると、参加者の納得感がまるで違います。
定点カメラで上がっていく証拠を撮る
これが実に面白い。三脚にスマホを立てて、真横から定点撮影します。
全員が下ろしていると主張しているのに、映像の中でフープだけがぐんぐん上がっていく。振り返りのときにこの映像を見せると、参加者から笑いと悲鳴が同時に上がります。
ヘリウムリング、チームビルディング、アイスブレイクといったタグをつけて投稿しても、よく伸びる素材です。
家庭でできるヘリウムスティック版
四人以下の家族でやるなら、輪ではなく棒を使います。
長めのものさし、突っ張り棒、新聞紙を丸めた棒。二列に向かい合って並び、全員の人差し指の上に棒を乗せる。あとは同じように床まで下ろす。
棒のほうがさらに軽いので、より劇的に浮き上がります。リビングでも十分にできるので、まずはこちらから試すのがいいでしょう。
難易度を調整する
簡単にしたいなら、人数を減らす。会話を自由にする。進行役がヒントを出す。
難しくしたいなら、人数を増やす。左右の人差し指の両手で支える。会話を禁止する。目を閉じる人を作る。
特に会話禁止のバージョンは秀逸です。言葉が使えないと、人がどれだけ表情や呼吸で意思疎通しているかがよくわかります。
大人の研修と懇親会で使う
ヘリウムリングが企業研修で重宝されている理由は、はっきりしています。
チームが形成から混乱、統一、機能へと変化していく過程を、五分で体験できてしまう。心理学者ブルース・W・タックマンが提唱したタックマンモデルという有名な理論がありますが、これを講義で一時間聞くより、フラフープ一本で五分やったほうが体に入ります。
新人研修のアイスブレイクに。部署横断のプロジェクト立ち上げ時に。忘年会や社員旅行のレクリエーションに。
そして必ず、振り返りを五分取ってください。なぜ上がったと思う。何がきっかけで下がり始めた。遊んで終わりにするか、ここで一言交わすかで、価値がまったく変わります。
昭和のフラフープ遊びとセットで
せっかくフラフープを出したなら、昭和の使い方も試してみてください。
腰で回す。基本にして最難関で、大人は三秒で落とします。転がして追いかける。昔は棒で押しながら走って、遠くまで行けました。地面に並べてケンケンパ。輪くぐり競争。輪投げの的。
ヘリウムリングで頭を使ったあと、腰で回して体を使う。この落差が、なかなかいい運動になります。
遊んだあとに何が残るか
全員が正しいのに結果が失敗する
これがこの遊びのいちばん深いところです。
誰もサボっていない。誰も嘘をついていない。全員が真剣に取り組んでいる。それでも結果は真逆になる。
仕事でも、家庭でも、地域の活動でも、こういうことは起こります。そのとき犯人探しをしても意味がないという当たり前のことを、説教ではなく体で理解できる。こんな教材はそう多くありません。
リーダーシップが自然に生まれる
やっているうちに、必ず誰かが一回止まろうと言い出します。そして声を掛ける人、それを補助する人が現れる。
役割は任命されるのではなく、必要になったときに生まれる。その瞬間を目の当たりにできます。
言葉を使わないやりとり
指先の力加減という、言葉にしにくいものを合わせる作業です。相手の呼吸、視線、体の傾きを読む。
画面越しのやりとりが増えた今こそ、この訓練の値打ちは上がっています。
失敗が笑いになる
フープが天井に向かっていく光景は、単純に面白い。失敗しても場が明るくなるという、レクリエーションとして理想的な性質を持っています。
体力差が勝敗に関係しない
必要なのは人差し指一本と、少しの辛抱だけ。
小学生も、親も、祖父母も、まったく同じ条件で参加できます。運動が苦手な子が引け目を感じない。学校のレクリエーションとして、これは大きな長所です。
押し入れのフラフープを出す
準備は一分で足りる
昭和33年、日本中が熱狂して、二か月で冷めた輪っか。
濡れ衣を着せられ、学校で禁止され、それでも体育倉庫の隅で生き延びて、令和の今、企業の研修室で大の大人たちに、なんで上がるんだ、と叫ばせている。道具の一生としては、なかなか大したものです。
準備するものはフラフープ一本。ルールは一分で説明できます。
学級レクで。子ども会で。職場の懇親会や新人研修で。家族四人なら、ものさし一本のヘリウムスティックからでも構いません。
遊び終わったら一言だけ
遊び終わったら、一言だけ聞いてみてください。
なんで、上がったんだと思う。
その答えを話し合う時間こそが、この遊びが本当に届けたかったものです。
