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缶けりのルールと遊び方|昭和の名作戦と、令和でも遊べるアレンジ

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カーンという音が夕暮れの合図だった

空き地の影が長くなる時間

日が傾く。空き地の影が伸びる。

物置の陰でしゃがんだまま、息を殺して缶のほうをうかがう。鬼が三歩離れた。五歩離れた。今だ。飛び出して、全速力で走って、思いきり蹴る。

カーン。

金属が地面を転がる乾いた音。捕まっていた仲間が一斉に散っていく。あれは逆転の音だった。

遠くから、ごはんよー、と母親の声がする。

遊びの王様だった

昭和の子どもにとって、缶けりは遊びの王様だった。かくれんぼより頭を使い、鬼ごっこより息が上がる。しかも、たった一つの空き缶があればいい。

今、この遊びを子どもたちが日常的にやっているかというと、あまり見かけない。空き地は消え、公園にはボール遊び禁止の看板が立ち、そもそも近所に十人も子どもがいない。

それでも缶けりは死んでいない。やり方さえ工夫すれば、令和でも十分に遊べる。

缶けりという遊びの構造

かくれんぼとの決定的な違い

缶けりはかくれんぼの変形といわれる。ただし決定的な違いが一つある。

缶を蹴るという、攻めの手段があることだ。

かくれんぼは見つからないようにひたすら隠れる、受け身の遊びだ。缶けりは違う。缶が定位置にある間、鬼は隠れた人を探しに行ける。その隙に缶を蹴られたら、捕まえた人が全員解放されて振り出しに戻る。

守りながら攻める。この駆け引きが本体になっている。

だから缶けりは、走るのが速い子だけが勝つ遊びではなかった。じっと待てる子、演技のうまい子、思いきりのいい子。それぞれに勝ち筋がある。私の周りにも、足は遅いのに缶けりだけはやたら強い子がいた。

缶ジュースとともに広まった

缶けりの発祥ははっきりしていない。

アメリカにKick the Canという同じ遊びがあり、これが明治から大正にかけて日本に伝わったという説もあるが、史料や記録はなく推測の域を出ない。かくれんぼに缶を蹴るというルールを足す形で、日本各地に自然発生的に生まれたともいわれている。

はっきりしているのは、子どもたちの間で流行したのが、缶ジュースの普及した戦後だという点だ。日本初の缶ジュースは、1954年、昭和29年4月28日に明治製菓から発売された明治天然オレンジジュースだとされている。

そしてもう一つ、私が膝を打った話がある。

1970年代前半ごろまで、缶けりに使われていたのは蜜柑の缶詰など底面の広い缶が主流だった。それが缶飲料の普及とともに、入手しやすいプルトップ缶に取って代わられていったという。

言われてみれば、私の記憶の中の缶は細くて背の高いジュースの缶だ。少し上の世代に聞くと、うちは蜜柑の缶だったと言う。遊びの道具が、時代の缶詰事情をそのまま映していた。

缶の選び方と人数

項目内容
道具空き缶一個、高さ十センチから十五センチ、350ml缶ほどが理想
人数三人以上。十人から二十人が適正
対象年齢幼稚園年長ごろから大人まで
所要時間一回十分から二十分
場所広い公園、空き地
費用ゼロ円

缶選びにはコツがある。アルミ缶は踏んだ拍子に潰れるので向かない。スチール缶やブリキ缶のような、ある程度の強度があるものを選ぶ。竹の節を十センチほどに切って代用しても、いい音が出る。

猛者ぞろいの集団では一斗缶を使うこともあるらしい。あれを蹴る勇気は私にはない。

人数は多すぎても困る。二十人を超えると隠れ場所の奪い合いになり、雰囲気が悪くなる。これは経験上まちがいない。

缶けりの遊び方

鬼を決めて缶を置く

じゃんけんなどで鬼を一人決める。

地面に直径一メートルほどの円を描き、中央に缶を立てる。この円があとで効いてくる。

隠れていい範囲も最初に決めておく。この公園の中だけ。あの木より向こうはなし。ここを曖昧にすると必ず揉める。

スタートの一蹴り

鬼以外の誰かが、缶を思いきり蹴り飛ばす。これが開始の合図になる。

蹴った缶が円の外に出なかった場合、蹴った人が鬼になるという取り決めがよくある。開始早々のプレッシャーだ。

鬼が缶を戻し、その間に隠れる

鬼は缶を拾いに行き、元の位置に立て直す。その間に全員が隠れる。

ここが地域ごとに大きく違う。手を使って缶を戻していいか、足だけで運んで立てなければならないか。足だけの場合は相当な時間がかかるので、数は数えないことが多い。手で戻す場合は、十数える、三十数えるなど数を決める。

さらに、缶を立てたあと鬼は必ず一度円の外に出なければならないという様式もある。これがないと、鬼が缶のそばに居座り続けてゲームが進まない。

見つけたら缶を踏む

隠れている人を見つけたら、鬼は大きな声でその人の名前を呼び、缶のところへ戻って缶を一回または三回踏みつける。

このとき、名前のあとにピー、ポコペン、ケント、デンなどの掛け声をつける地域がある。自分の記憶にあるのはどれだろうか。

見つかった人は、缶の近くの決められた場所に捕虜として集められる。

踏むつもりで缶を倒してしまったら蹴られたのと同じ扱いにする、という厳しめのルールもある。

缶を蹴られたら振り出しに戻る

鬼が探しに離れている隙に、隠れている誰かが缶を蹴り飛ばせば、捕まっていた人は全員解放。ゲームは振り出しに戻る。

これが缶けり最大のカタルシスだ。鬼は缶を拾いに行き、また一から数え直す。鬼の絶望と、逃げる側の歓声が同時に起こる、あの瞬間のためにこの遊びはある。

全員見つかったら終了

鬼が隠れている人を全員見つけたら、その回は終了。最初に見つかった人が次の鬼になるのが一般的だ。

ここで大事なのが救済措置になる。下級生や体力の劣る子が鬼から抜け出せなくなったときは、その回の鬼以外でじゃんけんをして次の鬼を決める、といった配慮をしていた地域もある。

昭和の子ども社会は乱暴なようでいて、こういう仕組みを自前で持っていた。

安全とマナー

道路に飛び出さない広さの場所で遊ぶ。缶は思った以上に遠くまで飛ぶ。

缶の切り口で手を切らないよう、洗ってバリを潰し、必要なら縁にテープを巻く。靴は運動靴で。サンダルで蹴ると爪を痛める。

夕方は暗くなる。反射材や明るい服装を用意しておきたい。私有地と駐車場には絶対に隠れない。大きな声が出る遊びなので、住宅密集地では時間帯に配慮する。

そして遊び終わったら、使った空き缶は必ず持ち帰って処分する。これは昔からのマナーだ。正直に言えば、昔はあやふやだった。空き地に放置された缶を、翌日また蹴っていた記憶がある。令和ではきちんとやりたい。

昭和の子どもが編み出した名作戦

隠れ待ち伏せ

探しに行くふりをして、実は缶のすぐ近くに隠れる。

蹴りに来た人が飛び出してきたところを、悠々と踏む。ずるいと言われようが、これが効く。鬼の性格が出る作戦だ。

べったり張りつき

缶からできるだけ近い場所に陣取って、ひたすら隠れ続ける。

鬼がしびれを切らして缶から離れた、その一瞬を狙う。最も基本的で、最も確実な戦略。忍耐力の勝負になる。

人海戦術の一斉突撃

数人で同時に缶へ突っ込み、全員の名前が呼ばれる前に誰か一人が蹴る。

鬼は一度に複数の名前をコールできないルールが多いので、理屈の上では勝てる。ただし息が合わないと全滅するし、相談しているところを見つかっても全滅する。人数が減ってくると実行不可能になる。

ハイリスクの代表格だった。

背後の亡霊

鬼が数を数えている間、その真後ろに気配を消して立ち続ける。

そして数え終わった瞬間、目の前の缶を蹴る。成功したときの鬼の顔は、一生忘れられない。

変装作戦

上着を頭からかぶって顔を隠し、名前を特定させないまま突撃する。

上級編として、体格の似た者同士で服を交換し、鬼にわざと間違った名前を呼ばせる作戦もあった。ただし視界が悪くて走りにくく、自滅することも多い。それでもやるのが子どもだ。

捕虜のアイコンタクト

捕まった人が、鬼の注意をそらすために、まったく見当違いの方向へ視線を送る。

多用すると見破られるので、時には本当の位置にサインを送るなど、パターンを混ぜる必要がある。捕まってもなお戦っていたわけだ。

令和でも缶けりを楽しむ方法

ペットボトル缶けり

空き地がないから無理、というのはもっともだ。それでも諦めるのは早い。

空の500mlペットボトルに、水を二センチから三センチ入れて使う。

音は缶に劣るが、安全で、公園でも迷惑になりにくい。潰れず、割れず、切り口もない。水の量で倒れやすさを調整できる。中に鈴を入れると、蹴った瞬間の音が復活する。

小さな子と遊ぶなら、これが第一候補になる。

置き型バージョン

蹴るのではなく、倒すか踏む形にする。カラーコーンや空のペットボトルを使う。

体育館、児童館、屋内施設でも実施できるようになる。学校や施設の行事なら、この形が現実的だ。

少人数版のルール調整

十人から二十人が適正といっても、集まらないのが令和だ。少人数で成立させるコツを挙げておく。

課題対策
鬼が有利すぎる鬼は缶の円の中に十秒以上いてはいけないルールを追加
すぐ全員見つかる隠れる範囲を広めに、複雑な場所に
逆転が起きない缶を蹴ったら鬼交代など、逆転条件を優しく
人数が足りない鬼一人、逃げる側二人でも成立する。親も入る

特に、円の中に十秒以上いてはいけないという追加ルールが秀逸だ。鬼が缶に張りつくのを防げるので、少人数でもゲームが動く。

光る缶で夕暮れバージョン

ペットボトルの中に百円ショップのLEDライトを入れる。

暗くなり始めた時間帯でも、位置がはっきりわかる。参加者にも光るリストバンドや反射材をつければ、安全性が上がる。

そして何より、夕暮れの缶けりが持っていたあの高揚感が、そのまま再現できる。

鬼視点をアクションカメラで撮る

帽子やチェストマウントに小型カメラをつけて、鬼の一人称視点で撮影する。

背後から誰かが忍び寄る映像。缶を蹴られた瞬間の絶叫。これが想像以上に面白い。

缶けり、昔遊び、昭和の遊びといったタグをつけて投稿すれば、同世代が確実に反応する。夕暮れの逆光でシルエットを撮ればSNS映えもする。子どもの顔が映る場合は、保護者の許可を忘れずに。

大人の缶けり

キャンプ場、社員旅行、地域の大人の集まりで。

大人がやると本当に本気になる。体力の衰えを痛感しつつ、四十年前の作戦が体に残っていることに驚く。翌日は必ず筋肉痛になる。

キャンプ場の夜にヘッドライト着用で。会社のレクリエーションとして部署対抗で。制限時間十五分のタイムアタック方式にすると締まる。

記憶のローカルルールを渡す

そしてこれがいちばん勧めたい。

うちの地域では、名前のあとにポコペンってつけてたんだ。

子どもや孫にそう話してみてほしい。掛け声、缶の戻し方、数える数、救済ルール。あなたの記憶の中のローカルルールを、そのまま伝える。

伝承遊びが伝承遊びであるのは、こうやって口から口へ伝わってきたからだ。

遊んだあとに何が残るか

走力だけでは勝てない

缶けりが優れているのは、運動能力以外の要素で勝てる点にある。

観察力、忍耐力、タイミングの判断、演技力、仲間との連携。足の速い子が無双するわけではない。多様な子に活躍の場がある遊びは、そう多くない。

名前と顔を覚えないと成立しない

鬼は、見つけた相手の名前を呼ばなければならない。

つまり参加者全員の名前と顔を覚えていないとゲームにならない。面識のない子同士だとやりにくい遊びだが、逆にいえば、一緒に遊ぶことで名前を覚え、友達になるきっかけになる。

缶けりが持つ、隠れた社会的機能だ。

出るか、待つかの判断

今出るか、もう少し待つか。

この判断を缶けりでは何十回も繰り返す。飛び出す勇気と、待つ忍耐。損得を天秤にかける訓練を、子どもたちは空き地で自然にやっていた。

静と動の落差

しゃがむ、じっとする、ダッシュする、蹴る。動きの落差が激しいので、運動量はかなりのものになる。

夢中になっているうちに息が上がる。運動という自覚のないまま体を動かす、理想的な形だ。

性格がそのまま出る

なかなか缶から離れない鬼。さっさと探しに行ったきり戻らない鬼。演技で誘い出すのがうまい子。ひたすら隠れ続ける子。果敢に突っ込む子。蹴ろうか迷ってそわそわしているうちに見つかる子。

みんな、いつものパターンができていった。缶けりは、子どもの性格が驚くほど正直に表れる遊びだ。

四十年経った今、当時の友人を思い出すとき、あいつは缶けりのときいつもこうだった、という記憶が真っ先に出てくる。

公園にペットボトルを一本

完璧な条件を待たない

空き地はなくなった。子どもの数も減った。ボール遊び禁止の看板も増えた。

それでも、広い公園と、ペットボトル一本と、三人以上の人間。それだけあれば缶けりは成立する。完璧な条件が揃うのを待っていたら、この遊びは本当に消えてしまう。

今週末に

今週末、子どもや孫と公園に行くなら、空のペットボトルを一本、カバンに入れてみてほしい。地面に円を描いて、ちょっと変わったかくれんぼ、教えようか、と言ってみる。

いちばん本気になるのは、たぶんあなたのほうだ。そして間違いなく、翌日は足が痛い。

その痛みごと、悪くない。カーンという音を、もう一度。

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この記事を書いた人

昭和49年生まれ。団地の広場や空き地で、毎日のように友だちと遊び回って育った世代です。
ファミコンも好きだったけれど、やっぱり心に残っているのは、竹馬、メンコ、缶蹴り、ゴム跳び…あの頃の外遊びのワクワク感。

子どもたちがスマホやゲーム中心になっていく中で、
「昭和の遊びって、実は今の時代にもめちゃくちゃ価値があるんじゃないか」
と感じるようになり、休日は地域の子ども会で昔遊びを教えたり、会社のレクリエーションで昭和ゲームをアレンジして楽しんだりしています。

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