向かい合った二列の、あの緊張感
二列に分かれて手をつなぎ、互いに向かい合う。
勝ってうれしいはないちもんめと歌いながら相手に向かって歩いていくとき、なぜかいつも少し怖かった。歌詞の意味はよく分からないまま、体だけが自然に動いていた。あの子がほしい、あの子じゃわからん名前を呼ばれるかもしれない、呼ばれないかもしれない。その落ち着かなさが、この遊びから離れられない理由だったと思う。
はないちもんめは、子どもを選ぶ遊びだ。選ぶ側になるときと、選ばれる側になるときが、一つの遊びの中に交互に来る。誰かに名前を呼ばれる瞬間の感触は、他のわらべうたにはないものだった。
昭和の校庭や路地で何度も繰り返されたこの遊びの歌詞には、今調べてみると、少し重い由来が隠れている。知った上でなお、子どもたちの声が似合う歌だと思う。
はないちもんめとはなにか|子取り唄として生き続けたわらべうたの正体
花一匁という言葉の意味
匁はかつて日本で使われた重さと貨幣の単位で、一匁はおよそ3.75グラム分の銀に相当する。花一匁とは、ごく安い値段を表す言葉だ。
この歌が何を歌っているかについては、複数の解釈が伝わっている。花を売り買いする場面を歌ったとする説もあるが、もう一つの解釈では、貧しい家の子どもが人買いに花一匁という安値で売られていく様子を歌ったとされる。あの子がほしい、あの子じゃわからん、という歌詞の構造が、子どもを選ぶ場面と重なるからだ。
発祥地については、関東の北総、佐倉から印旛沼・手賀沼あたりという説がある。その地域の花が春になると東京の市場に運ばれ、花とともに歌も全国に広まったという経緯が伝えられている。ふるさともとめて、という歌い出しのバージョンが関東を中心にいくつか残っており、花の出荷先を新しいふるさとと見立てた表現だとも言われている。
正確な成立時期は不明で、作者も記録に残っていない。口承で伝わるわらべうたの常として、地域ごとに歌詞が変容しながら各地に根づいていった。
子取り唄という遊びの構造
はないちもんめは、二つの組が向かい合って歌を交わしながら、互いの組から一人ずつ選んでいく子取り唄と呼ばれる形式に属している。相手の組の中から名指しして、じゃんけんで勝った方が相手を自分の組に引き込む。これを繰り返してどちらかの組が全滅したら終わる。
歌いながら前後に動き、相談し、名前を呼ぶ——この一連の流れが、遊びとしての面白さとともに、選ばれる緊張と選ぶ真剣さを同時に体験させる構造になっている。
基本データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 人数 | 6人以上。均等に2組に分かれる |
| 道具 | 何も不要 |
| 場所 | 広めの校庭・公園・体育館など |
| 対象年齢 | 5歳ごろから小学校低学年が中心 |
| 所要時間 | 1回10〜20分程度 |
関東の歌詞|地域ごとに少しずつ違う、でも骨格は同じ
関東で広く歌われてきた基本形
関東地方で最も広く知られてきた歌詞は、以下のような流れだ。
かってうれしい はないちもんめ まけてくやしい はないちもんめ となりのおばさん ちょっと来ておくれ 鬼がいるから 行かれない お釜かぶって ちょっと来ておくれ お釜底抜け 行かれない お布団かぶって ちょっと来ておくれ お布団びりびり 行かれない あの子がほしい あの子じゃわからん この子がほしい この子じゃわからん 相談しよう そうしよう きーまった ○○ちゃんがほしい △△ちゃんがほしい じゃんけんぽん
となりのおばさんを呼び出そうとするが、鬼がいる、釜が底抜け、布団がびりびり、と次々に理由をつけて断られ続ける中盤の掛け合いが、この遊びの最も昭和らしい部分だ。理由が毎回違って断られ続ける不条理さを、子どもたちは声を合わせて笑いながら歌っていた。
関東各地の歌詞の違い
同じ関東でも、都県によって細部が異なる。
埼玉県大宮市(現さいたま市)の植水地区では、釜がないから行かれない、布団破れて行かれない、という断り文句が使われていた。埼玉県川越市のバージョンでは、鉄砲かついでちょっと来ておくれ、鉄砲玉無し行かれない、という一節が加わる。群馬県バージョンでは、鬼が怖くて行けられない、御釜底抜け行けられない、御布団ぼろぼろ行けられないという流れになっている。茨城県日立市では、お釜かぶっちゃ目が見えない、という断り文句が使われている。
東京都練馬区中村では、お釜そこぬけ行かれない、お布団びりびり行かれない、という形が伝わっている。横浜市のバージョンではおなべかぶってちょっときておくれ、おなべそこぬけいかれない、ふとんないからいかれない、という流れで、タンス長持ちどのこがほしい、という一節も入る。
釜が底抜けていて、布団がびりびりに破れていて、それでも隣のおばさんに来てもらおうとする——考えてみると少し不思議な歌詞の連鎖だが、子どもたちには理屈より語感の面白さが伝わっていた。
遊び方と、あの頃の記憶|名前を呼ばれた瞬間のこと
基本の進め方
ステップ1:二組に分かれて向かい合う
人数を均等に二つの組に分け、それぞれ横一列に手をつないで向かい合う。最初にどちらから歌い始めるかをじゃんけんで決めておく。
ステップ2:勝った組から歌い始める
前回勝った組が、かってうれしいはないちもんめと歌いながら相手の組に向かって一歩ずつ前進する。相手の組は後ずさりする。はないちもんめの「め」のところで片足を蹴り上げるのが関東での一般的な動作だ。
ステップ3:負けた組が続けて歌う
次に負けた組が、まけてくやしいはないちもんめと歌いながら前に出る。この前進と後退を交互に繰り返しながら、となりのおばさんの掛け合い部分へと続いていく。
ステップ4:相談タイムで名前を決める
相談しよう、そうしよう、の部分で各組が内輪で顔を寄せ合い、相手の組から誰がほしいかをひそひそ相談する。この相談タイムが遊びの中で最もざわめく瞬間で、誰かが自分の名前を呼ぶかもしれないという緊張が場全体に走る。
ステップ5:名前を呼んでじゃんけんをする
きーまった、と宣言してから、それぞれの組が選んだ相手の名前を同時に発表する。呼ばれた二人が前に出てじゃんけんをし、負けた方が相手の組に移動する。これを繰り返してどちらかの組が全員いなくなったら終わりだ。
体験談|名前を呼ばれなかった日の、あの感触
小学3年のころ、授業の前の時間に校庭ではないちもんめをやったことがある。
相談タイムになるたびに、どきどきした。自分の名前が呼ばれるかどうか、その数秒が妙に長かった。何度か繰り返すうちに、一度も名前を呼ばれない回があった。理由は分からない。ただ呼ばれなかっただけのことなのに、なんとなく落ち込んだ記憶がある。
その翌週、今度は自分が相談役になって友達の名前を呼んだ。呼んだ相手がじゃんけんに勝って自分たちの組に来たとき、その子が嬉しそうな顔をした。呼ぶ側の気持ちと、呼ばれる側の気持ちが両方体験できる遊びは、そう多くない。
子ども向けの遊びにしては、少し複雑な感情を動かす。それがはないちもんめというわらべうたの、地味な強みだと思っている。
気をつけておきたいこと
特定の子どもが繰り返し選ばれない状況が続くと、遊びが傷つき体験になりかねない。保育や学校での活動として取り入れる場合は、保育者や教師が様子を見ながら進めることが大切だ。遊びのルールとして割り切れる年齢かどうかを踏まえて、場の雰囲気を見ながら柔軟に対応したい。
令和アレンジ|はないちもんめを現代の感覚で楽しむ
選ぶ基準をキャラクターや役割にする
名前ではなく、好きな動物や食べ物でチームを分けた上で、そのキャラクターを呼ぶ形にアレンジすると、特定の子どもへの選好が見えにくくなる。保育の現場でよく使われる工夫で、遊びの楽しさを保ちながら気持ちの負担を減らせる。
地域の歌詞を比較する言語活動に使う
同じはないちもんめでも都県によって歌詞が違うことを、社会科や国語の補助活動として子どもたちに調べさせる。家族に聞いて集めた歌詞を発表し合うと、言葉の違いと文化の伝わり方を自然に学べる題材になる。
七夕バージョンや季節テーマでアレンジする
保育の現場では、織姫と彦星に見立てたバージョンや、動物の名前を組み込んだテーマ別バージョンが実践されている。歌詞の骨格を残しながら言葉を入れ替えるだけで、季節の行事に合わせた遊びに変わる。
動画で掛け合いの面白さを伝える
二列に分かれて前進後退を繰り返す動作と、となりのおばさんの掛け合いをそのまま撮影すると、昭和のわらべうたコンテンツとして画になる。祖父母世代と子世代が一緒に遊ぶ映像は、世代間交流の記録としても残しやすい。
高齢者施設でのレクリエーションとして
道具不要で立ったまま少し動くだけで参加できるため、高齢者施設でのレクリエーションとして取り入れやすい。昭和の記憶と直結している世代には、歌い出しだけで体が動き出すことがある。座位での参加者は手だけで前後の動作を表現する形に変えると、全員が参加できる。
はないちもんめが子どもに残すもの
選ぶことと選ばれることの両方を体験する
はないちもんめの中では、誰もが選ぶ側と選ばれる側を繰り返す。どちらの立場も体験するうちに、選ぶ行為が相手にどう届くかを感覚で学んでいく。言葉にしなくても、遊びの構造が自然に教えてくれる部分がある。
集団の中で声を出す練習
きーまった、と叫ぶ瞬間、呼びかける声、相談のひそひそ——はないちもんめには場面ごとに異なる声の使い方が含まれている。大きな声を出すタイミングと小さな声を使うタイミングが交互に来る構成が、子どもの言語表現を引き出す。
歌と動作をつなぐリズム感覚
歌のリズムに合わせて前進・後退する動作は、音楽と身体の連動を体験させる。め、の瞬間に足を蹴り上げるタイミングも、拍を体で感じる練習になっている。楽器を使わずに、遊びの中でリズムが育つ。
簡単に見えて複雑な感情が動く
勝ちたい、選んでほしい、でも呼ばれなかった、じゃんけんに負けた——一回の遊びの中に複数の感情が動く。単純なルールの中にある感情の複雑さを遊びとして体験することが、感情の言語化と折り合いをつける力の基礎になる。
名前を呼ぶことの重さを、遊びが教えていた
はないちもんめは、誰かの名前を呼ぶ遊びだ。
呼ぶ側は選んだ責任を持ち、呼ばれる側はその瞬間に何かを受け取る。この単純な構造が、子どもたちの間で何十年も繰り返されてきた理由だと思っている。遊びの中で名前を呼ばれる体験は、スクリーンの向こうでは代えがきかない。
昭和の校庭でその緊張を体験した世代が、今度は横で見守る側に回るとき、遊びの意味が少し変わって見える。子どもたちが相談タイムにひそひそしている姿を見ながら、あのころ自分もあの輪の中にいたと思い出すことができれば、それで十分だ。
