将棋の駒でコマを回す、あの不思議な遊びのこと
父親の将棋盤を開けると、駒がざらざらと袋から出てくる。ひとつ取って、指先でくるりと回す。倒れた駒の文字を見て、進む場所を決める。
将棋のルールはよく分からないまま、まわり将棋は覚えた。駒を回して、出た文字で進んで、相手の駒が取れたら嬉しい。それだけで一時間遊べた。
昭和の子どもたちにとって、まわり将棋は将棋入門の前段階ではなく、それ自体として完結した遊びだった。将棋の駒という道具を使いながら、将棋とは全く別のゲームとして成立している。大人の道具を使って遊ぶという感覚と、駒を指先で回すという行為の気持ちよさが、子どもを引きつけていた。
父の将棋盤を借りて、妹と二人で回していた冬の午後の記憶がある。駒が倒れるたびに、何が出たかを確認した。
まわり将棋とはなにか|将棋の駒が別のゲームになった理由
起源と歴史
まわり将棋は将棋の駒を使って遊ぶ子ども向けの遊びで、正確な成立時期は不明だが、江戸時代から民間で親しまれてきたとされる。将棋の駒は形状が独楽に近く、指先で回すと独楽のように回転する。この特性を利用して、出た文字によって進む距離を決めるサイコロ的な使い方が生まれた。
昭和の家庭では将棋盤が日常的な娯楽道具として置かれていることが多く、大人が将棋を指している傍らで子どもがまわり将棋をやるという光景が自然にあった。将棋のルールは複雑すぎて子どもには難しいが、駒を回すだけなら小学校に上がる前の子どもでも参加できる。この手軽さが、世代を超えた伝承を可能にした。
まわり将棋の仕組み
将棋の駒は五角形の形状をしており、指先でつまんで回すと独楽のように回転した後に倒れる。倒れた駒の上面に書かれた文字によって、進む歩数が決まる。
駒の種類ごとに歩数が決まっており、一般的には歩が1、香が2、桂が3、銀が4、金が5、角が6、飛が7、王将または玉将が8または全戻りとする形が多い。ただし地域や家庭によってルールが微妙に異なり、決まった統一ルールが存在しない点が伝承遊びらしさを持っている。
基本データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 必要なもの | 将棋の駒一式、将棋盤または書いた紙 |
| 人数 | 2〜4人程度 |
| 場所 | 畳の上、テーブルの上など平らな場所 |
| 所要時間 | 15〜30分程度 |
| 対象年齢 | 幼稚園児から楽しめる |
| 費用 | 将棋セットがあれば追加費用なし |
遊び方の全手順|駒を回して進める、まわり将棋のルール
コースの準備
将棋盤の外周のマスをコースとして使う方法が基本だが、紙に円形や四角形のコースを書いて代用することも多かった。
将棋盤を使う場合は、外周の40マスがちょうどよいコース長になる。スタート地点を決め、各自がコマとして使う駒を1枚選んでスタートに置く。残りの駒はひとまとめにしてスタート地点の横に積み上げておく。
基本のルール
ステップ1:駒を回して出た文字を確認する
自分の番になったら、手持ちの駒または共用の駒を指先でつまんで回す。倒れた駒の上面の文字を確認して進む歩数を決める。
進む歩数の一般的な目安はこうだ。歩は1歩、香は2歩、桂は3歩、銀は4歩、金は5歩、角は6歩、飛は7歩、王将や玉将は全員がスタートに戻るまたは進まないとすることが多い。成り駒が出た場合は元の駒と同じか1多くする設定もある。
ステップ2:コマを進める
出た数だけコースのマスを進める。コースの端まで来たら折り返して続きを進む。
ステップ3:駒の山を通過または到達したとき
コースの途中に駒の山が置いてある場所を通過したとき、または山に止まったときに駒をもらえるルールにすることが多い。駒の価値は将棋での価値をそのまま使うか、独自の点数を設けるかは事前に決めておく。
ステップ4:全員が一周したら得点を数える
全員がスタートに戻ってきた時点でゲーム終了とし、集めた駒の合計点を数えて最高得点のプレイヤーが勝ちとなる。途中で駒の山がなくなったら終了とする形もある。
地域や家庭による主なルールのバリエーション
王将が出た場合の扱いは最もバリエーションが多い。全員スタートに戻る、自分だけ戻る、大きく進める、何も起きないなど家庭ごとに違うため、最初に確認しておく必要がある。
駒の価値の計算も家庭差が大きい。将棋の点数表をそのまま使う家庭もあれば、種類ごとに1点から8点をつける簡略版を使う家庭もあった。子どもが多い家庭では計算が簡単な設定が好まれた。
遊び方と、あの頃の記憶
体験談|父の将棋盤で、妹に負け続けた正月
小学4年の正月だった。
父が将棋セットを出してきたので自分もやりたいと言ったが、将棋のルールはまだ難しかった。父が「じゃあまわり将棋からやってみろ」と言って、ルールを教えてくれた。
妹が一緒にやりたいと言い出した。妹は幼稚園の年長で、数を数えることに夢中な時期だった。
最初の一回、妹が王将を2回回した。ルールでは全員スタートに戻る、と父が決めていた。自分が少し有利な位置にいたのにリセットされた。悔しかった。
でも妹は数を数えることが楽しくて、進む先を指で一マスずつ確認しながら、一、二、三と声に出していた。その顔が真剣で、少し笑えた。
正月の三日間、同じゲームを何回やったか分からない。妹の方が将棋的な強さは関係ない分だけ対等で、運の波が来るたびに一喜一憂していた。その正月が、家族で何かを一緒にやった記憶の中でも鮮明に残っている。
気をつけておきたいこと
将棋の駒は固い木製のものが多く、回転中に飛んでいくことがある。広めの場所で、周囲に割れやすいものを置かないようにして遊ぶとよい。小さな子どもが誤飲しないよう、遊んでいる間は大人が近くにいること。回す向きや力加減は慣れが必要なため、最初は大人が見本を見せてから子どもに渡す方がスムーズだ。
令和アレンジ|まわり将棋を現代の感覚で楽しむ
将棋入門への橋渡しとして活用する
まわり将棋で将棋の駒の名前と形を覚えてから、本将棋に移行する段階的な導入として使う。駒を回す過程で文字を何度も確認するため、自然に駒の種類が頭に入る。駒の動き方を覚える前の段階として、まわり将棋が有効な足がかりになる。
オリジナルの進む数を決めてゲームを設計する
歩が何歩進めるか、王将が出たらどうなるかを自分たちで決めて試す。ルールを変えると展開が変わることを体験しながら、どのルールが面白いかを考える。自分たちで作ったルールで遊ぶ体験が、ゲームデザインへの興味の入り口になる。
プラスチック駒セットで気軽に始める
高価な木製の将棋セットでなくても、100均で買えるプラスチック製の駒で十分に楽しめる。プラスチック駒は回転が安定しやすく、回しやすい。家に将棋セットがない家庭でも始めやすい。
祖父母との正月の定番として復活させる
正月に将棋盤を囲む文化が薄れている家庭でも、まわり将棋なら将棋を知らない子どもや孫でも参加できる。祖父母が駒の読み方を教えながら一緒に回す時間が、世代間の会話の場として機能する。
教育現場での数の学習と組み合わせる
進む歩数を数えながらコマを動かす動作は、数の概念と一対一対応の練習として保育や幼稚園で使いやすい。将棋の駒という文化的な道具に触れることで、伝統文化への親しみも育てられる。
まわり将棋が育てるもの
数を数える実践的な場
1歩から7歩まで、出た文字に応じてコマをマスに沿って動かす。この動作の繰り返しが、数の概念と一対一対応を体で覚えさせる。算数の計算問題より遊びの中で数えた方が、感覚として身につきやすい。
運を受け入れる感覚
どの文字が出るかは自分では決められない。有利な状況が王将一枚でリセットされる。この不条理を繰り返しながら、運の波を楽しむ感覚が育つ。良い結果を期待しながら待つ時間と、外れたときの気持ちの切り替えを、何度も体験する。
将棋文化への親しみ
まわり将棋をきっかけに将棋の駒の名前を覚え、将棋盤の存在に親しみを持つ子どもは少なくなかった。遊びとして接した文化への親しみは、後から本格的に学ぶときの心理的なハードルを下げる。
家族で共有できる時間
幼稚園児から祖父母まで同じルールで参加できる数少ない遊びのひとつだ。力も知識も関係なく、運だけで決まる部分が大きいからこそ、全員が対等に楽しめる条件が生まれる。共通の体験が家族の会話を作る。
まとめ|将棋の駒が、別の声で語り始めた
まわり将棋は将棋ではない。でも将棋の駒を使う。この不思議な立ち位置が、この遊びを長く生き続けさせてきた理由のひとつだと思っている。
難しいルールを覚えなくても、駒を回して倒れた文字を読んで進む。それだけで遊びになる。王将が出るたびに誰かが声を上げて、振り出しに戻された人がため息をついて、また駒を手に取る。
正月の午後、将棋盤を引っ張り出してみてほしい。駒の袋を開けて、指先で一枚回してみる。どの文字が出るかを、家族と一緒に眺める時間が、そこから始まる。
