あの音が、手の中から聞こえてきた
引っ張ると、円盤がくるくる回り始める。緩めると、糸がまた巻き戻る。また引っ張る。
そのうちに「ぶんぶん」という低い唸り声が響き始める。円盤の回転数が上がるたびに、音が変わる。うまく引っ張り続けると、音が持続する。
ぶんぶんごまは、音の出るおもちゃだ。でも音楽を奏でるわけではない。自分の手の動きが回転に変わり、回転が音になる。このシンプルな変換が、指先に伝わる感触と耳に届く音として返ってくる。
昭和の子どもたちがこれに夢中になったのは、自分で作ったということと、自分の動きが直接結果に現れるということの両方があったからだと思う。買ったおもちゃにはない「自分が動かしている」という感触が、ぶんぶんごまには常にあった。
牛乳パックを切って穴を開けて糸を通す。それだけで、手の中から音が生まれる。
ぶんぶんごまとはなにか|回転と音が生む昭和の手作り玩具
起源と日本への広まり
ぶんぶんごまの原型となる回転玩具は世界各地に古くから存在し、ボタンや貝殻に糸を通した形が原始的なものとして各文化に記録されている。日本では江戸時代から類似した玩具が存在したとされ、ぶんぶんごまという名前が広まったのは明治から昭和にかけてとされる。
昭和の学校工作で牛乳パックや厚紙を素材として使う形が定着し、材料費がほぼゼロで作れる手軽さから全国の学校に広まった。理科の授業での回転と慣性の説明素材としても使われ、工作と学習が一体になった遊び道具として昭和の教育現場に根づいた。
ぶんぶんごまが音を出す仕組み
牛乳パックで作った円盤に2本の糸を通し、両端を指に引っかける。糸をたるませた状態から引っ張ると、糸がねじれを解消しながら円盤を回転させる。回転が始まったところで少し緩めると、今度は逆方向のねじれが生まれる。また引っ張ると逆回転しながら加速する。
この引っ張りと緩めの繰り返しで、円盤は高速回転を続ける。高速で回転する円盤の縁が空気を切る音と、糸の振動が重なって「ぶんぶん」という独特の音が生まれる。回転数が上がるほど音が高くなり、遅くなると低く籠もった音に変わる。
基本データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 材料 | 牛乳パックまたは厚紙、糸またはタコ糸 |
| 道具 | はさみ、目打ちまたは錐(穴あけ用)、コンパスまたは丸い型 |
| 人数 | 1人から作れる |
| 対象年齢 | 幼稚園上学年から大人まで。穴あけは大人が補助 |
| 費用 | ほぼ無料 |
| 所要時間 | 作業は15〜20分。コツをつかむまで練習が必要 |
作り方と遊び方|牛乳パックから音が生まれるまで
牛乳パックを使った作り方
ステップ1:円盤を切り出す
飲み終わった牛乳パックをよく洗い、乾かしてから展開する。コンパスまたは直径8〜10センチ程度の丸いものを型にして円を描き、はさみで切り出す。牛乳パックの層が二重になっている部分を使うと、厚みが出て重くなり回転が安定しやすい。切り口が凸凹していると空気抵抗が偏るため、できるだけ滑らかに切り揃える。
ステップ2:中央より少し内側に2つの穴を開ける
円の中心に向かって左右均等な位置に、1センチ程度の間隔で2つの穴を開ける。目打ちまたは錐を使い、穴は糸が通るギリギリのサイズが理想だ。穴が大きすぎると糸が滑って引っかかりにくくなる。
左右対称の位置に穴を開けることが重要で、非対称だと回転がぶれて音が安定しない。
ステップ3:糸を通す
タコ糸または細い毛糸を70〜90センチほど切り、2つの穴に通して端を結ぶ。結び目が穴より大きくなるよう、二重か三重に結ぶ。糸が短すぎると引っ張り幅が足りず、長すぎると操作しにくい。最初は80センチ程度から始めると調整しやすい。
ステップ4:糸の両端を指に引っかける
糸の輪の左右に人差し指を入れ、両手の人差し指で輪を支えた状態にする。この持ち方が操作の基本形だ。
回し方のコツ
ステップ5:最初に糸をねじる
円盤を片手で持ちながら、もう一方の手で糸を同じ方向に何回も回してねじりを入れる。20〜30回ねじると十分なエネルギーが蓄えられる。
ステップ6:引っ張りと緩めのリズムを作る
両手を左右に引っ張ると、蓄えたねじれが解放されて円盤が回り始める。回転が加速し切る手前で少し緩める。糸が逆方向にねじれ始めたらまた引っ張る。この引いて緩めてを一定のリズムで繰り返すと、回転が持続しながら加速していく。
コツは「緩めすぎない」ことだ。完全に緩めてしまうと糸のねじれが解消されて止まってしまう。少し緩めるだけで次のねじれを作る感覚が、指先に伝わってくるまで数分かかる。
体験談|音が出た瞬間、教室中が静かになった
小学3年の図工の授業だった。
先生が牛乳パックをたくさん持ってきて、ぶんぶんごまを作る時間を設けた。作り方の説明が終わって各自で作り始めたが、完成してもなかなか音が出なかった。引っ張っても、ただ糸がたるむだけだった。
隣の席の子がコツをつかんだのか、突然「ぶんぶん」という音を出した。その音が教室に響いた瞬間、他の子どもたちの手が止まった。どうやったのと声が上がった。その子は「引いて緩めて、また引く」と言ったが、実際にやっているのを見ていても分からなかった。
諦めかけた帰りがけ、家に持ち帰って何度も試した。翌朝、自転車置き場でまた試していたら、急に音が出た。最初は細くて小さな音だったが、繰り返すうちに「ぶんぶん」という本来の音に変わっていった。
音が出た瞬間に、体全体でそれを感じた。指先の感触と耳への音が同時に届く体験は、自分で作って自分が動かさないと生まれないものだった。
気をつけておきたいこと
高速回転する円盤の縁は鋭くなっている場合があるため、牛乳パックの切り口をやすりか紙で軽く整えておくと安全だ。回転中に手に当たると痛いため、回しているとき顔や体に近づけすぎない。小さな子どもが近くにいる場合は距離を取って遊ぶ。糸が細すぎると使用中に切れることがあるため、タコ糸程度の太さを使う方が耐久性がある。
令和アレンジ|ぶんぶんごまを現代の感覚で楽しむ
形を変えて音の違いを実験する
円形、八角形、星形、ギザギザの縁——形を変えて音や回転の安定性がどう変わるかを記録する。縁の形が空気の切り方に影響することを体験から発見する過程が、理科の自由研究として使いやすい素材になる。紙に予測を書いてから試す習慣をつけると、仮説と検証の思考が育つ。
絵を描いて回転アートを楽しむ
円盤の表面に色鉛筆や絵の具で模様や色を塗っておくと、高速回転したときに色が混ざって別の色に見える現象が起きる。赤と黄を塗ると橙色に見える、青と黄を塗ると緑に見える——色の混色を体験しながら遊べる。デザインを考える創造性と光の混色という理科的な学びが同時に得られる。
音の高さを変える条件を探す
円盤の大きさ、重さ、糸の長さを変えながら音の高さや大きさがどう変わるかを記録する。大きい円盤は低い音、小さい円盤は高い音が出る傾向がある。音楽の授業と組み合わせて、音の高さと振動数の関係を体験的に学ぶ題材として機能する。
素材を変えて比べる
牛乳パックの他に、ペットボトルの底を切り取ったもの、コースター、レコードの廃盤——様々な素材で作って回転の違いを比べる。素材の重さと硬さが回転の安定性に影響することを発見する過程が、材料科学への入り口になる。
保育や学童での製作活動として
形を切り出し、穴を開け、糸を通す一連の工程は、手先の巧緻性を総合的に使う製作活動として保育の場で使いやすい。完成した後に音が出るまで練習する過程が、諦めずに続ける体験として機能する。完成品を持ち帰れる点が保護者への伝達としても効果的だ。
ぶんぶんごまが育てるもの
試行錯誤を通じた体感的な理解
コツをつかむまで何度も失敗する。どのタイミングで引いて緩めるかは、言葉では伝えにくい感覚で、体が覚えるまで繰り返すしかない。この過程が、指先の感覚を研ぎ澄ます体験になる。うまくいったときに得られる感触の鮮明さが、次の挑戦への動機になる。
物理現象を手で感じる体験
回転、慣性、エネルギーの蓄積と解放——ぶんぶんごまを動かす感触の中に、これらの物理的な概念が含まれている。言葉で習う前に体で知っておくことで、授業での概念理解がより深くなる。
廃材への創造的な視点
飲み終わった牛乳パックが音の出るおもちゃになる。この体験が、捨てるものを素材として見直す発想を育てる。牛乳パック以外の素材でも試してみようとする好奇心が、廃材活用の視点の広がりにつながる。
達成感の体験
音が出たとき、それまでの試行錯誤が一気に報われる。この達成感は自分で作って自分で操作したからこそ生まれるもので、与えられたおもちゃでは得られない種類のものだ。この感触が、次に何かを作ろうとする動機の土台になる。
引いて緩めて、音が生まれた
ぶんぶんごまは作るのに15分かかり、音が出るまでさらに練習が必要だ。すぐには遊べない。でもその待ち時間が、完成したときの音を格別にする。
牛乳パックという捨てるはずのものが、指先から音を発するおもちゃになる。その変換の驚きを、子どもたちに体験させてほしい。引いて緩めてを繰り返しているうちに、必ずどこかで「ぶんぶん」という音が聞こえてくる。その瞬間を一緒に待てる人がそばにいれば、なお良い。
