六月の終わりに、大きな輪が立っていた
祖母に手を引かれて
子どもの頃、六月の終わりになると、近所の神社の境内に大きな草の輪が立ちました。
私の背丈をゆうに超える、緑がかった輪。祖母に手を引かれ、意味もわからないままそれをくぐりました。まっすぐくぐるのではなく、左に回って、右に回って、また左に回る。祖母は何かをつぶやいていたはずですが、幼い私には聞き取れませんでした。
くぐり終えると、なぜか少しさっぱりした気になる。あれは不思議な感覚でした。
数十年後、研修室で同じことをしている
時代が下って令和のいま。
会議室や体育館で、大人たちが手をつないで輪になり、フラフープを体に通しては呻いています。腕が抜けない。頭がつかえる。誰か手を離しただろう。離してない。
フラフープくぐり。フープリレーとも呼ばれるレクリエーションです。
やることは、手をつないだまま、フラフープを全員の体に通して一周させるだけ。それだけのことで、教室も研修室も笑い声でいっぱいになります。
そして私は思うのです。日本人は昔から、輪をくぐるのが好きなのかもしれない、と。
日本人は千三百年、輪をくぐってきた
茅の輪くぐりという行事
あの神社の輪には、茅の輪という名前がついています。
茅というイネ科の草で編んだ大きな輪をくぐることで、半年のあいだに積もった罪と穢れを祓う行事です。毎年六月三十日の夏越の大祓、あるいは十二月三十一日の年越の大祓に合わせて行われます。
大祓そのものは、かなり古い。日本書紀には天武天皇の時代、七世紀後半の記録が残る宮中の祭祀でした。927年に成立した延喜式の巻八、祝詞の項には大祓詞の全文が収録されており、これが今も神社で用いられる祝詞の原型になっています。
腰に巻く輪から、くぐる輪へ
茅の輪くぐりの直接の起源は、奈良時代初期に編纂された備後国風土記の逸文に残る、蘇民将来という人物の説話にあります。
旅の神が一夜の宿を求めたところ、裕福な弟の巨旦将来は断り、貧しい兄の蘇民将来は粟の食事で神をもてなした。神はその礼として、蘇民将来の子孫と名乗り、茅の輪を腰につけている者は疫病を免れると告げた。
つまり、はじまりは腰につける小さな輪だったのです。それがのちに、人が通り抜けられるほどの大きな輪へと育っていった。
くぐり方にも作法があります。一礼して左足からまたぎ、左回りで元の位置へ。もう一度一礼して右足からまたぎ、右回りで戻る。三度目はまた左回り。八の字を描くように三度くぐってから、神前へ進みます。
くぐりながら唱える歌もあります。
水無月の夏越の祓する人は千歳の命延ぶというなり
腰に巻いた草の輪から、境内の大きな輪へ。そしてプラスチックの輪へ。形も素材も変わりましたが、輪をくぐるという行為だけは千三百年ものあいだ、この国に残り続けています。
体育館で腕を抜こうともがいている大人たちは、そうとは知らずに、ずいぶん古い所作をなぞっているわけです。
ヘリウムリングとは別の遊びです
同じフラフープを使うレクリエーションに、ヘリウムリングというものがあります。混同されやすいので、区別しておきましょう。
| 項目 | フラフープくぐり | ヘリウムリング |
|---|---|---|
| やること | 手をつないだままフープを体に通して一周させる | 全員の人差し指の上にフープを乗せ、床まで下ろす |
| 難しさの正体 | 体をどう通すかという物理的な問題 | 全員が無意識に指を押し上げてしまうこと |
| 向いている場面 | 運動会、学級レク、親子競技 | 研修、振り返り、対話の題材 |
| 体の動き | 大きい。全身を使う | 小さい。指先だけ |
どちらもチームで取り組む遊びですが、性格はまったく違います。体を動かしたいならフラフープくぐり。じっくり話し合わせたいならヘリウムリング。使い分けるといいでしょう。
道具と人数
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 道具 | フラフープ一本、一チームにつき |
| あると便利 | ストップウォッチ、記録を書くホワイトボードや模造紙 |
| 人数 | 一チーム四人から十人ほど。八人前後が扱いやすい |
| 対象年齢 | 三歳ごろから大人まで |
| 所要時間 | 一回一分から五分。繰り返して二十分ほど |
| 場所 | 屋内でも屋外でも。平らで滑らない床 |
| 費用 | 数百円から千円程度 |
フープの直径は、参加者の体格に合わせて選びます。小さすぎると通り抜けられず、大きすぎると簡単になりすぎる。子ども向けなら小ぶりのもの、大人が混ざるなら大きめのものが向きます。
フラフープくぐりの遊び方
円になって手をつなぐ
一チーム四人から十人で、内側を向いて円になり、隣の人と手をつなぎます。
背の高さがばらばらだと難易度が上がるので、初回は近い背丈の人を隣同士にしてもいいでしょう。慣れてきたら、あえて混ぜると面白くなります。
フープを腕に通す
どこか一か所の手をいったん離し、その腕にフラフープを通してから、もう一度つなぎ直します。
これでスタートの形が整いました。フープは誰か一人の腕にぶら下がっている状態です。
手を離さずに一周させる
合図とともに、フープを隣の人へ送っていきます。
頭からかぶるか、足から通すか。体をひねるか、しゃがむか。人によってやりやすい抜け方が違います。そこを各自が工夫しながら、フープを次へ、また次へと渡していく。
一周してもとの位置に戻ったら、そこでゴールです。
手を離したらやり直す
このゲームの中心にあるのは、手を離さないという一点です。
誰か一人でも手が離れたら、そこでいったん止めて、最初からやり直します。記録なしとする運用でも構いません。
ただし、痛いときに手を持ち替えるのは認めてください。握り方を変えるだけなら、つながったままです。ここを厳しくしすぎると、無理をして怪我につながります。
そしてもう一つ。転びそうになったときは、手を離していい。これは最初に全員へ伝えておいてください。ルールより安全が上です。
一列でやる送りリレー版
円ではなく横一列に並ぶ形もあります。フラフープ送りリレーと呼ばれるものです。
端の人からスタートして、フープをくぐって隣へ渡し、隣の人もくぐってさらに隣へ。反対側の端まで届いたチームの勝ちになります。
親子競技として使うなら、子ども、親、子ども、親の順に並ぶといい。体格差のある相手へフープを渡すには、必ず助け合いが必要になります。運動会の種目として定着しているのも頷けます。
くぐるコツ
フープをどこから通すか。頭からか、それとも片足からか。まずここを決めることです。
上手にくぐる人をよく観察すると、コツが見えてきます。だいたいは、体をひねって細くする人と、思いきりしゃがむ人の二種類に分かれます。
そして忘れられがちなのが、くぐり終わったあとの動きです。自分が抜けたら終わりではありません。隣の人がくぐりやすいように、体を寄せる。腕の高さを合わせる。ここで差がつきます。
順番を先読みして、次の人が構えておくと、記録は目に見えて縮みます。
安全に進めるために
つないだ手を強く引かない。特に子どもの腕は、引っ張られると簡単に痛めます。
肩や腰、膝に不安のある人がいる場合は、無理な体勢を取らせない。しゃがむ動作をなくして、頭から通す形に統一するといいでしょう。
眼鏡は外す。腕時計やブレスレットも外す。髪の長い人はまとめておく。フープに引っかかると危ないからです。
床が滑る場所は避ける。靴下だけで体育館に立たない。
そして、うまくいかないことを責めない。フープが引っかかって全員が止まる時間こそが、この遊びの見どころなのですから。
令和の道具を足してみる
タイムを見える化する
ストップウォッチで一周のタイムを測り、ホワイトボードや黒板に書き出します。
一回目が三分十秒。作戦会議を挟んで二回目が一分四十秒。三回目が五十二秒。
数字が縮んでいく様子を全員が目で追えると、場の熱が変わります。他のチームと比べるのではなく、自分たちの前の記録を超えることを目標にすると、遅い子が責められません。ここは進行役が最初に宣言しておくといいでしょう。
五分間で何秒縮められるか、という形にすると、時間の管理も楽になります。
フープを二本にする
慣れてきたチームには、フープを二本入れます。しかも逆回りに。
途中で二本がすれ違う場面が必ず来ます。ここで場が壊れる。壊れながら、誰かが解決策を思いつく。難易度は跳ね上がりますが、盛り上がりも跳ね上がります。
大きさの違うフープを混ぜるのも面白い。
動画で撮る
三脚にスマホを立てて、真横から定点撮影します。
一回目と三回目を並べて再生すると、動きの無駄がどれだけ減ったかが一目でわかります。振り返りの材料として、言葉より雄弁です。
十秒ほどの短い映像になるので、フラフープくぐり、フープリレー、学級レクといったタグをつけて投稿してもいいでしょう。子どもの顔が映る場合は、保護者の許可を忘れずに。
運動会と親子競技として
フラフープくぐりが運動会の種目として使われている理由は、はっきりしています。
道具が安い。ルール説明が短い。走らないので転倒が少ない。そして親子で手をつなぐ場面が自然に生まれる。
大玉転がしや綱引きに比べて場所も取らないので、園庭が狭い園でも成立します。
研修とアイスブレイクに
企業研修でも定番です。初対面の人同士が短時間で打ち解けます。
手をつなぐことに抵抗がある場合は、タオルやリストバンドを介してつなぐ形にすると、心理的な負担が減ります。この配慮は、大人相手ではとくに効きます。
終わったら三分だけ振り返りの時間を取ってください。どこで詰まったか。誰の一言で流れが変わったか。遊びっぱなしにするか、ここで一言交わすかで、残るものがまるで違います。
座ったままでもできる
高齢者施設のレクリエーションとして使うなら、椅子に座った状態で円を作ります。
立ち上がる必要はありません。隣の人と手をつないだまま、フープを腕から肩、頭を通して隣へ送る。上半身だけで十分に成立します。
肩関節を大きく動かすので、自然な可動域の運動にもなります。それに、輪をくぐるという行為には、たいていの人が何かしらの記憶を持っている。茅の輪の話をすると、思い出話が出てきます。
本物の茅の輪をくぐりに行く
そしてこれは、遊びから少し離れた提案です。
六月の終わり、近所の神社に大きな輪が立っていたら、子どもや孫を連れてくぐりに行ってみてください。左に回って、右に回って、また左に回る。
千三百年前の説話から続いている作法を、体でなぞる。フラフープくぐりで遊んだあとなら、子どもはきっと、あ、と言うはずです。
遊んだあとに何が残るか
自分の体をどう通すか考える
頭からか、足からか。ひねるか、かがむか。
自分の体の輪郭を意識して、それを輪の中に通す。当たり前のようでいて、日常でこんなことを考える機会はほとんどありません。
自分の体がどれくらいの大きさで、どう折りたためるのか。この感覚は、転びにくさや、狭い場所での動きやすさにつながっていきます。
隣の人のために動く
くぐり終わった人が、次の人のために腕の高さを変える。
自分の番が終わってからの動きが、チームの記録を決める。この構造が、この遊びの芯にあります。自分のことだけを考えていると、なぜか記録が縮まない。
触れ合うことが前提になる
手をつなぐ。体を近づける。人の呼吸が聞こえる距離で、数分間を過ごす。
画面越しのやりとりが増えた今、この距離で誰かと協力する経験は、意識して作らないと手に入りません。子どもにとっても、大人にとっても。
縮んでいく数字が見える
三分十秒が、五十二秒になる。
自分たちの工夫が数字に直結する体験は、そう多くありません。しかも短時間で結果が出る。がんばれば変わる、を実感として持ち帰れます。
体格差が勝敗を決めない
背が高い人は頭を通しにくく、小柄な人は腕を大きく上げにくい。有利不利が単純ではないのです。
足の速さも、力の強さも関係ない。運動が苦手な子が引け目を感じない遊びは、学校のレクリエーションとして貴重です。
輪をひとつ、床に置くところから
教室でも、公園でも
必要なのはフラフープが一本と、四人以上の人間だけです。
学級レクで。子ども会で。運動会の親子競技で。新人研修のはじめの五分で。デイサービスの午後に。
ルールの説明は三十秒で済みます。あとは手をつなぐだけ。
くぐるという行為について
千三百年前、旅の神が貧しい男に草の輪を渡しました。腰につければ疫病を免れると告げて。
その輪はやがて大きくなり、人が通り抜けるものになり、境内に立つようになりました。そして今、色とりどりのプラスチックの輪が、体育館で子どもたちの腕を抜けていきます。
輪をくぐると、少しさっぱりする。祖母に手を引かれた六月の夕方に感じたあの感覚は、たぶん気のせいではなかったのだと思います。
今週末、輪をひとつ、床に置いてみてください。
