前に進むとき、足が少し重かった
向かい合った列が、歌に合わせて近づいてくる。
こちらも歌いながら後ずさりする。また前に出る。また後ずさる。このやりとりを何往復か繰り返した後、相談タイムが来る。みんなが顔を寄せ合って、相手の誰をもらうかをひそひそ話す。
決まった、と宣言して、名前を言い合う。自分の名前が呼ばれたとき、前に出て相手とじゃんけんをする。勝てば元の列に残れる。負ければ相手チームに移る。
たったこれだけのゲームが、子どもたちの間でどれほど複雑な感情を動かしていたか。選ぶ側と選ばれる側の緊張、名前を呼ばれた瞬間の感覚、じゃんけんに負けて列を移るときの心境——この遊びはシンプルな外見と裏腹に、子どもの心の動きを細かく刺激する設計になっていた。
はないちもんめとはなにか|子取り唄の構造と昭和への定着
遊びの分類と歴史的な位置づけ
はないちもんめは、子取り唄と呼ばれるわらべうた遊びの一形式だ。二つのグループが向かい合い、歌を交わしながら互いの参加者を一人ずつ自分の側に引き込んでいく構造を持つ。日本各地に類似した遊びが存在し、歌詞や細かいルールは地域によって異なるが、向かい合って歌い合い、相談して名前を呼ぶという骨格は全国共通だ。
正確な成立時期は不明だが、江戸時代から明治期にかけて民間に広まったとされており、昭和の学校教育や保育の場を通じて全国に普及した。昭和の子どもたちにとっては、幼稚園や保育園で覚えて小学校に持ち込む遊びの一つだった。
花一匁という言葉の背景
はないちもんめの「もんめ」は匁という重さの単位で、ごく安い金額を表す言葉だ。花一匁という表現がどんな場面から来たのかについては複数の解釈があり、花の値段を巡る売買の場面とする説、貧しい家の子どもが売られる場面とする暗い解釈もある。
ただし現代の子どもたちがこの遊びをする文脈で、そういった背景を意識する必要はない。遊びとしての構造と楽しさは、言葉の由来とは独立して生き続けている。
遊び方の全手順|向かい合いから名前を呼ぶまで
準備
参加者を同じ人数の二チームに分ける。偶数人数の方が均等に分けやすいが、奇数でも片方を1人多くするだけで問題なく遊べる。
広めの空間を用意して、二チームが向かい合って一列に並ぶ。列と列の間に5〜8メートルほどの距離を取る。手をつないで一列になるのが基本の形だ。
どちらが先に歌い始めるかをじゃんけんで決める。
ステップ1:かってうれしいはないちもんめ
先攻チームが手をつないだまま、歌いながら相手チームに向かって歩いていく。
かってうれしい はないちもんめ
このフレーズを歌いながら前進する。はないちもんめの「め」の部分で片足を軽く蹴り上げるのが多くの地域での動作だ。相手チームは後ずさりしながらこれを受ける。
ステップ2:まけてくやしいはないちもんめ
今度は後攻チームが同じように前進する。
まけてくやしい はないちもんめ
先攻チームは後ずさり。この前進と後退の往復が、遊びにリズムと空間的な動きを与える。
ステップ3:掛け合いのやりとり
地域によって異なるが、関東では隣のおばさんを呼ぼうとするが断られ続ける掛け合いが続く形式が広く伝わっている。
となりのおばさんちょっと来ておくれ 鬼がいるから行かれない お釜かぶってちょっと来ておくれ お釜底抜け行かれない
両チームが交互にこのやりとりを歌い合う。断られるたびに別の方法を提案するが、毎回理由をつけて断られる。この繰り返しが遊びのテンポを作り、歌が終わる前に次の展開への期待を高めていく。
ステップ4:あの子がほしい
掛け合いが終わると、本題に入る。
あの子がほしい あの子じゃわからん この子がほしい この子じゃわからん
両チームが交互に歌いながら前後に動く。誰がほしいかはまだ宣言しない。この「分からん」という繰り返しが、次の相談タイムへの溜めになっている。
ステップ5:相談タイム
相談しよう そうしよう
このフレーズとともに、各チームがその場で輪になり、相手の誰をもらうかをひそひそ相談する。この相談タイムが遊びの中で最もざわめく瞬間だ。声を潜めて話し合いながら、チームの意思を一つにまとめていく。
相談が終わったら「きーまった」と叫んで宣言する。
ステップ6:名前を呼んでじゃんけんをする
両チームが同時に、選んだ相手の名前を呼ぶ。
〇〇ちゃんがほしい △△ちゃんがほしい
名前を呼ばれた二人が前に出て向かい合い、じゃんけんをする。勝った方はそのまま元の列に戻り、負けた方が相手チームに移動する。
ステップ7:繰り返して終了
これをどちらかのチームがいなくなるまで繰り返す。人数が少なくなるほど相談の緊迫感が増し、最後の1人が移動したとき勝敗が決まる。
遊び方と、あの頃の記憶
体験談|名前を呼ばれなかった日と、連続で呼ばれた日
小学3年のころ、体育の時間の前に何度かはないちもんめをやった時期があった。
ある日、何回やっても自分の名前が呼ばれなかった。じゃんけんをすることもなく、ただ相談タイムのたびに緊張して、終わるたびに別の人の名前が呼ばれた。その日の放課後、なんとなく元気が出なかった。
別の日、三回連続で呼ばれた。三回とも勝った。その日は少し自信がついた気がした。
後になって考えると、呼ぶ理由は仲の良し悪しや人気だけではなく、じゃんけんが強そうとか、相手チームに移ってほしくないとか、様々な理由が混在していたはずだ。でも子どものころは、呼ばれる理由を深く考えずにただ感情で受け取っていた。
あの感情の揺れ方を、今でもわりとはっきり覚えている。単純な遊びが複雑な感情を動かしていたことを、大人になってから改めて気づいた。
安全面と配慮について
特定の子どもが毎回選ばれない状況が続くと、遊びが疎外感の体験になる可能性がある。保育や学校で使う場合は、保育者や教師が選ぶ基準をランダムにするよう事前に伝えたり、呼ぶ基準をキャラクターや役割にするアレンジを取り入れたりする配慮が有効だ。
じゃんけんの結果で決まる以上、勝ち負けが出ることは避けられない。負けて移動することを「負け」ではなく「移動」として軽く扱える雰囲気を大人が作ることで、子どもが引きずりにくくなる。
令和アレンジ|はないちもんめの遊び方を現代に合わせる
呼ぶ基準をキャラクターにする
名前ではなく、事前に各自が選んだ動物の名前や色で呼ぶ形にする。「うさぎがほしい」「きつねがほしい」という形にすると、特定の人への感情が薄まり、遊びとして割り切りやすくなる。
異年齢グループで遊ぶ
幼稚園児と小学生が混在する場合は、チームを年齢で均等に分けると体格差が出にくい。幼い子どもが大きい子どもと同じ列に並んでやりとりする体験が、異年齢の関係を作る自然な場になる。
歌詞を自分たちで作り替える
掛け合いの部分の歌詞を、クラスや家族のオリジナル言葉に入れ替える。「隣のおばさん」を「隣のお兄さん」にしたり、断る理由を「犬がいるから」「雨が降ってるから」に変えたりすることが、言語遊びとして機能する。
高齢者施設でのアレンジ版
移動を省略し、選ぶ相手の名前を呼んで手を挙げてもらうだけの座位バージョンにする。歌の部分だけを楽しむ形にすれば、体が不自由な参加者でも全員が加われる。昭和の記憶と直結する歌が、表情を変えるきっかけになることがある。
世代をまたいで歌詞を集める
家族の中でどんな歌詞で歌っていたかを聞き合うと、地域差と世代差が話題になる。隣のおばさんへの断り文句が「釜が底抜け」か「布団がびりびり」かで地域が分かる。方言や土地の文化が歌詞に残っていることへの気づきが、会話を広げる。
はないちもんめが育てるもの
選ぶことと選ばれることの両面を体験する
一回の遊びの中で、選ぶ側と選ばれる側の両方を経験する機会がある。誰かを選ぶことが相手にどう届くかを感じ、選ばれる側の緊張を体験する。この双方向の体験が、相手を思いやる感覚の土台になる。
集団で意思を合わせる経験
相談タイムに声を合わせて意見を一つにまとめる必要がある。全員が納得する選択を短時間で決める過程は、集団の意思決定を遊びの中で体験することだ。
歌とリズムに合わせて体を動かす
歌のリズムに合わせて前進後退する動作が、音楽と体の連動を育てる。言葉のリズムと体の動きを一致させる感覚は、音楽表現や運動の基礎につながる。
感情の波に乗る経験
名前を呼ばれる緊張、じゃんけんの結果に喜んだり悔しがったりする瞬間、相談タイムのどきどき——一回の遊びの中に感情の波が何度も来る。その波に乗りながら遊び続ける体験が、感情の起伏を扱う力を育てていく。
前に進む足が、少し重かった理由
はないちもんめの面白さは、ゲームの仕組みより感情の構造にある。
向かい合って歌い合いながら、同時に次の展開を予測している。相談タイムに声を潜めながら、自分の名前が呼ばれるかどうかを気にしている。じゃんけんに勝っても負けても、何かが動く。
この感情の連続が止まらないから、子どもたちは何度でも輪に加わりたがった。大人が用意した遊びではなく、子どもたちが自分たちで続けてきた遊びには、こういう理由がある。
春の校庭や公園で、子どもたちが揃ったとき、向かい合って二列に並んでもらうところから始めてみてほしい。歌い始めれば、あとは遊びが自分で動き出す。
