糸を引いた指のあいだで、ぶうんと低い音が鳴る。手をゆるめるとコマは逆向きに糸を巻き取り、もう一度引けば、風を切る音が耳のそばまで寄ってくる。
ぶんぶんゴマは、この引いてゆるめる往復だけで遊ぶおもちゃだ。昭和の子どもは、家の中で見つけたもので作っては回していた。引く力とゆるめる間がそろった瞬間、手の中の羽音が急に太くなる。一人が鳴らしはじめると隣の子も負けじと引き、部屋じゅうに低い音が重なっていく。糸が食い込んだ指の赤い跡まで、一緒に思い出す人もいるはずだ。
今なら、飲み終えた牛乳パックが1本あれば足りる。ほかに要るのは、はさみとキリとたこ糸くらいだ。子ども向けの工作として親子で作ってもいいし、大人も楽しめる昔遊びとして一人で回してもいい。誰の手で回しても、うなる音はあのころのままだ。
牛乳パックを使ったぶんぶんゴマの作り方
用意する材料と道具
- 牛乳パックは1リットルのものを1本用意し、洗って乾かしておく。
- たこ糸は60センチから1メートルほどを用意する。細い糸は回すうちに指へ食い込むので、太めのものが向いている。
- はさみは、厚みのある底でもまっすぐ切れるものを選ぶ。
- 穴あけにはキリを使う。目打ちや千枚通しでも代わりになる。
- 定規と鉛筆は、コマの中心を出すのに使う。
- 油性ペンやシールがあれば、模様をつけられる。
- セロハンテープも手元に置いておく。
切って穴をあけて糸を通すまで
- 牛乳パックの底を切り離し、一辺7センチほどの正方形にする。
- 四つの角を、はさみで少し丸く切り落とす。回っているコマが手に触れても痛くないようにするためだ。
- 厚みを出したいときは、側面からも同じ大きさの正方形を切り出し、底と重ねてテープで留める。
- 定規で対角線を2本引き、交わった点を中心とする。そこから左右へ5ミリずつ離れたところに、穴の印をつける。
- 印の位置に、大人がキリで穴をあける。穴は、糸がやっと通るくらいの小ささでいい。
- 表と裏の両面に、好きな模様を描く。
- たこ糸の先にセロハンテープを細く巻いて固め、二つの穴に通す。
- 糸の両端を固く結んで輪にすれば、できあがり。
音が鳴るまで回すコツ
糸の輪の両端を、左右の中指に軽くかける。コマを糸のまんなかへ寄せたら、手首を使ってくるくると10回から20回ほど回し、糸をしっかりねじる。
ねじれたら、両手をまっすぐ真横へ開く。ほどけていく糸に引かれてコマが回り出し、ねじれがなくなるあたりでいちばん速くなる。糸が伸びきったところで手の力をふっと抜くと、コマは勢いのまま、今度は反対向きに糸を巻き取っていく。巻き取りが進んで止まりかけたら、また引く。調子よく繰り返すうちに回転が速まり、ハチの羽音に似たブンブンという音が出てくる。
コマが斜めにかしいで回るのは、穴の位置が中心からずれているからだ。印をつけ直して、新しく作ったほうが早い。軽すぎて勢いがつかないときは、もう1枚重ねて厚くする。穴どうしが近すぎると、回しているうちに二つの穴がつながって、回らなくなってしまう。
昭和の遊びとしてのぶんぶんゴマ
ボタンと糸で回した伝承遊び
母親や祖母の裁縫箱からボタンと糸を借りてきて、二つの穴に糸を通す。昭和の子どもにとって、ぶんぶんゴマはそれだけで始められる昔遊びだった。糸を引けば、小さなボタンもちゃんとうなりを上げた。
名前は音からきている。ブンブン鳴るからぶんぶんゴマで、びゅんびゅんゴマとも呼ばれる。江戸時代には松風ごまという名で親しまれていたと紹介する資料もあり、松の枝を渡る風の音に似ていたことからついた名だという。
いつどこで生まれたのかは、はっきりしない。紀元前にはすでにあったといわれ、古代ギリシャにも同じ仕組みのおもちゃがあった。粘土や骨のかけらに革ひもを通して回したものも知られている。風を切る音には、魔よけの意味もあったと伝わる。
姫路の玩具博物館には、日本のものに加えて、世界の二十ほどの国から集めたぶんぶんゴマが並んでいる。材料は国や時代ごとに替わり、昭和の日本ではボタンや厚紙、今は牛乳パックになった。糸を引けばうなる仕組みだけは変わらず、伝承遊びとして受け継がれてきた。
昭和の子どもたちの遊び方
必要なのはコマ一つと糸一本で、人数に決まりはない。一人で黙々と回す子もいれば、何人かで並んで回す子もいた。並べば自然と、誰のコマがいちばん長く鳴り続けるかの比べ合いになる。
糸のしくじりもつきものだった。ねじりすぎた糸がよじれて固まり、ほどくだけで休み時間が終わる。結び目がゆるめば、コマは手を離れて床を転がっていく。
小学校の図工の時間に作ったという人も多い。持ち帰ったその日から、しばらくは家の中にもうなりが響いた。
ぶんぶんゴマを安全に回すために
指にかける糸と髪や顔への注意
糸は指に軽くかけるだけにして、何重にも巻きつけない。巻きつけたまま強く引くと指が締めつけられ、すぐには抜けなくなる。
長い髪は後ろで結んでおく。回っているコマに髪が触れると糸ごと巻き込まれ、髪を切るほかなくなることもある。
コマは顔から離して回し、回っている最中に手でつかまない。国民生活センターは、プラスチック製のぶんぶんゴマが回転中に割れ、破片が目に当たってけがをした事故を伝えている。同センターの調べでは、大人がふつうに回しても、いちばん速いときのふちの速さは時速約160キロに達した。紙のコマでも、裂け目や深い折れ目ができたら作り直す。
穴あけに使うキリの扱い
キリで穴をあけるのは大人の役目にする。牛乳パックの下に厚い段ボールや古い雑誌を敷き、先が突き抜ける側に手を置かない。
子どもに任せるのは、鉛筆で中心を出し、穴の位置に点を打つところまで。使い終えたキリはすぐに片づけ、作業中の机に出しっぱなしにしない。
小さな子と遊ぶとき
保育士向けの情報サイトでは、ぶんぶんゴマが3歳から5歳の子の工作として紹介されている。回し方をつかむまでは、大人が後ろから手を添えて一緒に引くといい。糸の輪を首にかけたり、体に巻きつけたりはさせない。遊び終えたら、糸ごと子どもの手の届かない場所へしまう。
昭和のボタンのコマは、幼い子には渡さないでおきたい。消費者庁は3歳児の口の大きさを直径約4センチとし、それより小さな物は誤飲のおそれがあるとしている。一辺7センチほどの牛乳パックのコマなら、その心配は小さい。
令和アレンジで広がるぶんぶんゴマ
回すと模様が変わるデザイン
ぶんぶんゴマは、止まっているときと回っているときで見え方がまるで違う。その変わり方を考えながら模様を描くと、作る段階から楽しめる。
二色で塗り分けたコマを回すと、色が混ざり合い、どちらとも違う色が浮かぶ。とぎれとぎれの線を描いておけば、回転の中で一本の輪につながって見える。
白と黒だけの模様も試したい。半分を黒く塗りつぶし、残り半分に細い弧を何本か描いて回すと、うっすら色がついて見えることがある。ベンハムのコマとして知られる目の錯覚だ。見える色は回す速さや明かりの具合で変わり、逆向きに回すと色の並びも逆になる。ぶんぶんゴマは引くたびに回る向きが入れ替わる。色の並びがどう動くか、目を凝らして追ってみる。
スローモーションで回転の中をのぞく
肉眼では、回っているコマの模様はぼやけて形がつかめない。スマホのスローモーション撮影で正面から撮れば、糸がねじれてはほどけ、コマが向きを変える瞬間まで追いかけられる。
ベンハムの模様を回すときは、写真も一緒に撮っておく。見えた色を親子で言い合ってから画面を開くと、写ったコマに色はついていない。あの色は、見ていた目の中にしかなかった。
騒音計のアプリをそばに置けば、誰のコマがいちばん大きくうなるかを数字で競える。ぶんぶんゴマそのものをコントローラーにして、回すと画面の中のフクロウ形の飛行機が羽ばたくゲームを作った開発者もいる。
大人も楽しめるレクリエーション
大人の集まりでは、コマをうんと大きくしてみる。直径30センチくらいの段ボールの円に1.5メートル前後の毛糸を通し、二人で両端を持つ。円を描くように手を回して毛糸をめいっぱいねじり、声をそろえて同時に引く。二人が同じ瞬間に引けると、大きなコマはうなりを上げて長く回り続ける。
逆に、小さいコマほど鳴らすのは難しくなる。大きさの違うコマをいくつか用意して、どこまで小さいものを鳴らせるかを順番に試す。研修の合間や地域の集まりで回してみると、昭和の遊びを知る世代も、初めて触る若い世代も、同じ音に耳を傾けることになる。
SNSに載せるなら音ごと
載せるなら写真より動画がいい。うなる音まで一緒に届く。
胸より低い位置からコマと手元だけを正面に収めれば、顔を映さずにすむ。家族それぞれが自分の模様のコマを持って並び、同時に回すと、画面いっぱいに色の輪が回る。回転が落ちて止まるところまで撮っておけば、混ざって見えていた色が描いたとおりの模様に戻る瞬間も残せる。ボタンで作った昭和のぶんぶんゴマと、牛乳パックで作った令和アレンジのコマを続けて回せば、音の違いを聞き比べる動画になる。
ぶんぶんゴマで育つ力
両腕でリズムをとる体の動き
ぶんぶんゴマは、腕の力だけでは回らない。引いて、ゆるめて、また引く。その間合いをコマの勢いに合わせて、少しずつ体に覚えさせていく。最初のうちは引く間とゆるめる間がずれて、音がすぐにとぎれる。
うまくいっているかどうかは、耳で分かる。うなりが太く続けば合っていて、とぎれたらどこかがずれている。音を聞き、腕で直す。両腕の力加減とリズムを同時に整える練習が、遊びの中で何十回も繰り返される。
形や厚みを変えて試す工夫
一つ作ると、次はもっとよく回るものが欲しくなる。丸や三角、星の形に切ってみる。厚さを変える。穴の間隔を少し広げる。糸を長くする。どこか一つ変えるだけで、回り方が違ってくる。
穴あけパンチでコマにいくつか穴を足すと、音が変わる。思いついたことを形にして、回して、耳で確かめる。うまくいかなければ、また切り出す。牛乳パックは、何枚だめにしても惜しくない。
コツや模様をめぐる会話
鳴らせるようになった子は、まだ鳴らせない子に教えたくなる。引く瞬間とゆるめる瞬間。言葉にしにくいその間合いを、引くたびに合図を送ったり、口で音をまねたりして伝えようとする。教わった子のコマが初めて鳴ると、二人そろって声を上げる。
模様を見せ合うところからも、話が始まる。回す前に互いのコマを並べ、回したら何色に見えるかを言い当て合う。答えは、回してみるまで分からない。
台所の牛乳パックから理科へ
ねじれた糸がほどける力でコマが回り、回る勢いで糸がまた逆向きにねじれる。糸を引くたびに、これがくり返される。
この単純なしくみには、研究者も目をつけてきた。スタンフォード大学のチームは、ぶんぶんゴマをヒントに、紙と糸とプラスチックで手回しの遠心分離機を作った。液体を高速で回して成分を分ける装置で、血液なら1分半ほどで血しょうを分けられる。東京の高校でも、生徒がぶんぶんゴマの回転数を測り、遠心分離に使えるかを調べた研究がある。
電池がいらず、狭い部屋の中でも回せる。捨てるはずだった牛乳パックが、おもちゃにも実験道具にもなる。回す速さと音の大きさ、穴の間隔と回り続ける時間。家で確かめられることがいくつもあり、夏休みの自由研究の題材にも向いている。
飲み終えた牛乳パックをぶんぶんゴマに
今日飲み終えた牛乳パックを、捨てる前に洗って干しておく。1本あれば、底と側面から正方形が何枚も切り出せる。週末にキリとたこ糸を出して、一人一つずつ模様を描き、できあがったら並んで同時に引いてみてほしい。学校で作るなら、家庭から洗った牛乳パックを1本ずつ持ってきてもらえば、材料はすぐにそろう。
張った糸のまんなかで、小さな風が鳴る。
