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昔の遊びランキング、人が集まるほど燃える昭和の遊び10選

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押し入れを片づけていたら、小学三年の学級写真が出てきました。校庭に三列に並んだ子どもたちのうち、前列の何人かは膝に砂をつけたまま写っています。シャッターが切られる直前まで、クラスじゅうではないちもんめをしていたからです。写真の顔をひとつずつ眺めていると、あの日誰が誰を欲しがったのかまで思い出せそうな気がします。

昭和の遊びは、人が集まるほど面白くなりました。二人なら静かな勝負、五人なら作戦が生まれ、二十人なら校庭がひとつの国になる。人数が増えるたびに、同じ遊びが別の顔を見せたものです。

思い出の遊びを尋ねる調査で上位に名前が挙がるのは、缶蹴りやゴム跳び、鬼ごっこといった常連がほとんどです。けれど、あの校庭の砂場の脇には竹とんぼを削る子がいて、校舎の陰では羽根をつく音が響いていました。常連の陰に隠れがちなそうした遊びも、人が集まれば主役に化けます。

一人で遊んだ記憶より、誰かと笑い転げた記憶のほうが、何十年たっても色あせない。そう感じている人に、このランキングを手渡したいのです。

目次

昔の遊びの人気を調査で見ると、上位は大勢で遊ぶものばかり

アンケートが映す、思い出の遊びの顔ぶれ

2018年に保険会社が20代と50代の男女1000人に聞いた調査では、昭和生まれが最も思い出に残っている遊びの1位は缶蹴りで52人、2位はゴム跳びで35人でした。かくれんぼと鬼ごっこが15人ずつで並び、平成生まれの1位はけいどろ・どろけいの47人。2024年の暮れに社会人500人に聞いた別の調査でも、子どものころに楽しかった遊びの1位は鬼ごっこで、2位はドッジボールでした。

顔ぶれを見ると、上位のほとんどが大勢で遊ぶものです。一人で遊んだおもちゃより、誰かと走り回った時間のほうが、記憶の中で長生きするのかもしれません。

遊び仲間が減ったいま、昔の遊びが集まる場所

一方で、今の子どもは遊び相手を集めにくくなっています。幼児の暮らしを調べた2015年の調査では、平日に幼稚園や保育園の外で遊ぶ相手が友だちだと答えた割合が、1995年の56.1パーセントから27.3パーセントにまで減りました。

そのぶん、昔の遊びは園や学校で受け継がれています。2007年に発表された研究では、調査に答えた全国の幼稚園と保育所の99パーセントで、何らかの伝承遊びが行われていました。山口県下関の伝承遊びを調べた研究には、缶けりやゴムとび、かくれんぼが世代を超えて遊び継がれている、とあります。人が集まる場所さえあれば、昔の遊びはいつでも目を覚まします。

一人から大勢へ、このランキングの物差し

順位の決め方はひとつだけです。人が増えるほど、どれだけ面白さが増すか。下位には一人でも十分に楽しめる遊びを、上位には大勢が集まってこそ本領を発揮する遊びを置きました。調査の常連である缶蹴りやゴム跳び、鬼ごっこ、かくれんぼは、あえて外しています。

人が集まるほど燃える昔の遊びランキング10選

10位、竹とんぼは一人でも空へ放てる

竹とんぼは、10センチほどの竹をプロペラの形に削り、柄をつけて、両手のひらでもみ回して飛ばすおもちゃです。いつ誰が考えたのかははっきりしませんが、江戸後期ごろに竹とんぼを売り歩く行商人を描いた絵が残っていて、そのころにはもう遊ばれていたようです。明治30年代にはブリキ製が、戦後にはプラスチック製も出回りました。

自分で作るなら、心棒は羽根の1.5倍ほどの長さにします。香川県の資料によると、羽根の厚さは2ミリ以下で、竹筒1本から羽根が8枚から12枚とれ、仕上げるまでに2時間半から3時間かかる。削るあいだ、竹を持つ手には必ず軍手をはめます。

一人で黙々と削り、一人で飛ばしても十分に楽しい。それでも10位に置いたのは、仲間と高さや滞空時間を競いはじめた途端、空き地の空気ががらりと変わるからです。飛ばす前は周りに人がいないかを確かめ、隣の人と近づきすぎないようにします。

9位、紙飛行機は飛ばす人が増えるほど空がにぎわう

紙一枚を翼の形に折るだけの紙飛行機も、一人で遊べる遊びです。それでも、何人かで同じ線から一斉に飛ばすと、誰の機体が最後まで空に残るかで歓声が上がる。

記録の世界は奥深い。2010年には室内の滞空時間29.2秒というギネス世界記録が生まれ、2018年の時点でもまだ破られていませんでした。2026年1月には、A4の紙で折った紙飛行機が98.43メートルを飛び、飛行距離の世界記録を塗り替えています。横浜市西区のように、決められた機体で滞空時間を競う大会を開いている自治体もあります。

よく飛ばすこつは、前後のつり合いです。重心を、翼で浮く力が働く点より前に置くと、飛び方が安定する。東京大学の研究者は、これをやじろべえにたとえて説明しています。飛ばすときは、人の顔に向けないことだけ約束しておきます。

8位、紙相撲は二人と行司ひとりで土俵が立つ

紙で作った力士を台の上で組ませ、台をとんとんたたいて、先に倒れたほうが負け。紙相撲は二人いれば始められます。

江戸時代には、力士の絵を切り抜いて立て、息を吹きかけて倒し合う紙の相撲人形が流行していました。明治の中ごろになると、底に毛を植えた人形を、こぶしで台をたたいて動かして戦わせるおもちゃも現れます。

8位にしたのは、三人目が加わったときの化け方です。三人目は行司になり、見合って、はっけよいと声をかける。四人、五人と増えれば、番付表を作って場所を開ける。空き箱の土俵の前に、いつのまにか小さな国技館ができあがります。

7位、羽根つきは追い羽根で二人がつながる

羽根つきには、一つの羽根を二人以上でつき合う追い羽根と、一人で数を数えながらつく揚げ羽根があります。羽根の玉はムクロジの種で、穴をあけて色をつけた鳥の羽をさしこんだものです。

古くは胡鬼子勝負と呼ばれ、室町時代の永享4年、1432年の正月の日記に、その勝負の記事が残っています。賭けを伴う大人の遊びだったともいわれ、江戸時代の元禄のころから盛んになりました。羽根は蚊を食べるトンボに似せたもので、子どもの厄よけのまじないとして始まったという説もあります。

一人でつく揚げ羽根も、続いた回数を数えるだけで盛り上がります。けれど、羽根が二人のあいだを行き来する追い羽根になった途端、打ち返す音に拍子が生まれる。羽子板を振るときは、隣の組と間をあけて立ちます。

6位、石けりは順番待ちの声が遊びを育てる

地面に升目や円を描き、平らな小石を投げ入れて、片足で跳びながら蹴り進む。石けりは、明治の初めに教育的な遊びとして日本に入ってきたとされます。描く区画は角型、円型、渦巻型、コース型の四つに大きく分けられ、組み合わせ方は何百通りにもなる。ヨーロッパではホップスコッチと呼ばれ、最後に行き着く区画を楽園になぞらえる国もあります。

地面に描いた図形を跳んで進む遊びには、片足で跳ぶけんけんと両足で着地するぱを繰り返す、石を使わないケンケンパもあります。どちらも一人で跳べますが、何人かで順番を待つあいだに、線を踏んだ、踏まないの判定が飛び交い、新しい升目を描き足す子が現れる。人数が増えるほど、地面の上の図形は複雑になっていきます。描く場所は道路を避けて公園や校庭に。石は人のいるほうへ蹴らないことも、最初に決めておきます。

5位、影踏みは鬼が増えるほど夕方が騒がしくなる

鬼が仲間の影を踏むと、踏まれた子が次の鬼になる。影踏みは、晴れていれば道具もいりません。古くは、月の明るい夜に子どもたちが影を踏み合う遊びとしても伝わっています。日かげに逃げこんだら、鬼が10数えるあいだに日なたへ出なければならない、という決まりを紹介している資料もあります。

小学3年の理科には、影踏みを午前と午後にやってみて、影の向きや長さの違いに気づく授業があります。夕方は時間を追うごとに影が長くなり、真夏の昼間は影が短いうえに暑い。遊ぶなら、影がくっきり伸びる晴れた日の夕方がいちばんです。

二人でも遊べますが、鬼を二人、三人と増やすと、逃げる子は自分の影と鬼たちの影を同時に気にしなければならなくなる。広場いっぱいに伸びた影が入り乱れる夕方の景色は、人数が多いほど見ごたえがあります。

4位、馬跳びは列が長いほど背中の道がのびる

一人が膝に手をついて前かがみになり、その背中に手をついてほかの子が跳び越える。馬跳びは、かえるとびとも呼ばれます。平安時代にはもう遊ばれていたらしく、ブリューゲルが描いた子供の遊戯の絵にも、背中を跳び越したり飛び乗ったりする子どもの姿があります。地方によっては、しかあそびやうまつぶしといった名前でも呼ばれてきました。

馬が一頭なら跳ぶだけの遊びですが、何人もが間をあけて並んで馬になると、背中の道が一本の長いコースに変わります。跳び終えた子が列の先で新しい馬になれば、校庭の端までどこまでも続けられる。体育の準備運動で、馬跳びの手が滑って顔から床に落ち、歯を傷めた例も報告されています。馬になる子はあごを引いて頭を下げ、跳ぶ子は背中に両手をしっかりついてから跳びます。

3位、押しくらまんじゅうは人数そのものが遊び道具

大勢がひとかたまりになって押し合い、倒れたり押し出されたりした子が負け。塀に沿って一列に並ぶ形と、円の中で押し合う形があります。名前は押しくらべを子どもが言いやすくしたもので、江戸時代の嬉遊笑覧には、めじろおしという呼び名も出てきます。冬の季語でもあり、このはやし言葉が聞こえてくると年の瀬の近いことを知らされた、と事典にあるほど、寒い季節の遊びでした。

この遊びは、人数がそのまま遊び道具になります。三人では押し合いにならず、十人、二十人と増えるほど、かたまりの中の熱が上がる。寒い朝の校庭で、背中で押し合っているうちに体の芯までぽかぽかしてきたのを、私は今でも覚えています。体格の違う大人と小さな子は、別々のかたまりにしておくと安心です。

2位、かごめかごめは輪が大きいほど当てっこが難しくなる

まん中にしゃがんで目を隠した子を籠の中の鳥に見立て、周りの子が手をつないで輪になり、歌いながら回る。歌が終わって止まったら、まん中の子が真後ろにいる子の名前を当てます。外れたら、もう一度目を隠して最初から。

かごめという言葉の由来には、囲めの意味だとする説、屈めの意味だとする説、籠の目だとする説、鳥の呼び名だとする説があります。神をよび寄せる儀式がもとになったという見方もあり、歌の文句の意味がはっきりしないことや、土地ごとに歌詞が違うことから、長い時間をかけて形を変えてきたと考えられています。

輪が小さいうちは、足音や気配で後ろの子の見当がつきます。人数が増えて輪が大きくなるほど候補が増え、当てっこは一気に難しくなる。目を隠していた子は、立ち上がるときに足もとがふらつくので、周りの子がそっと支えてあげます。

1位、はないちもんめは人の出入りで勝負が動く

  1. 二組に分かれ、それぞれ横一列に並んで向かい合う。
  2. 歌いながら、前へ後ろへと歩く。
  3. 歌の区切りで、相手の組から欲しい子を一人指名する。
  4. 指名された子どうしがじゃんけんをする。
  5. 負けた子は、相手の組へ移る。
  6. 人がいなくなった組の負け。

遊びの形そのものは古く、19世紀前半の守貞漫稿には、似た歌詞の遊びが載っています。はないちもんめという言葉の意味は分かっていません。匁は重さや江戸時代の銀貨の単位ですが、歌との関係は辞書も語っていません。歌は地方によって違います。

1位に選んだのは、人数そのものが勝負を動かす遊びだからです。指名のたびに組の人数が増えたり減ったりし、仲のいい子を取り戻すための相談が、列の後ろでひそひそと始まる。十人では物足りず、二十人そろって初めて、列の端から端までの距離に緊張が走ります。保育を学ぶ学生に伝承遊びの経験を尋ねた調査でも、はないちもんめは意外なほど経験者の多い遊びとして挙げられていました。

昔の遊びランキングを令和アレンジで、少ない人数から大勢までつなぐ

子ども向けには、人数で選ぶ家族の遊び表

家族の人数が少なくても、ランキングの下から選べば遊びは見つかります。三人なら、二人が紙相撲を取り、一人が行司。羽根つきなら、二人で追い羽根をして、一人が続いた回数を数える。影踏みなら、鬼が一人に逃げる子が二人です。いとこが遊びに来た日は馬跳びに広げ、子ども会で十人を超えたら、かごめかごめやはないちもんめに進む。冷蔵庫に人数別の遊び表を貼っておけば、次の遊びは子ども自身が選べます。

スマホで残す、紙飛行機の滞空時間と影の長さ

紙飛行機は、スマホのストップウォッチで滞空時間を計ります。横浜の大会と同じように、3回飛ばしていちばん長い記録を残す決まりにすると、家族の記録表ができあがる。スロー撮影で飛び方を見比べれば、よく飛ぶ機体と墜ちる機体の違いが目で分かります。

影踏みのついでに、同じ場所で午前と午後に一枚ずつ影の写真を撮っておくと、影の向きと長さの変わり方が一目で比べられる。竹とんぼの羽根が回る様子もスロー撮影で追えます。高校生の研究は、回る羽が空気を下へ押し下げ、その反作用で竹とんぼが持ち上がると説明しています。大学の研究でも、竹とんぼの飛び方はまだすべてが解き明かされたわけではないそうです。

大人のレクリエーションは、集まった順に遊びを足していく会

このランキングは、大人も楽しめる会の進行表にもなります。自治会の集まりや同窓会、職場の懇親会では、人の集まり方そのものを進行表にしてしまいます。早く着いた人から竹とんぼを削り、紙飛行機を折って飛ばす。人がそろってきたら紙相撲の番付を組み、全員が顔を見せたところで、かごめかごめやはないちもんめで締める。遅れて来た人も、着いたときの人数に合った遊びにすぐ加われます。

SNS映えは、真上から撮る押しくらまんじゅうと夕方の影

押しくらまんじゅうは、少し高い場所から真上に向けて撮ると、人のかたまりが一輪の花のように見えます。影踏みは、夕方の長い影だけを地面ごと切り取れば、顔を写さずに遊びの躍動が伝わる。名前を書いた紙飛行機をずらりと並べた一枚も、昭和レトロな味わいがあります。投稿の前には、子どもの顔や学校の名前が分かる物が写りこんでいないかを確かめておきます。

大勢で遊ぶ昔の遊びが育てる、話し合う力と体を寄せ合う感覚

指名して、相談して、迎え入れる

はないちもんめでは、誰を指名するかを組の中で相談して決めます。じゃんけんに負けて相手の組へ移った子は、さっきまでの敵と肩を組んで歌いだす。仲間を取り戻す相談も、新しく来た子を迎え入れる笑顔も、大勢の遊びの中で自然に覚えていきます。

体をぶつけ、支え合う

押しくらまんじゅうでは背中と背中で押し合い、馬跳びでは仲間の背中に体重を預けて跳ぶ。かごめかごめでは、目を隠していた子を周りがそっと支える。体を寄せ合う遊びは、相手の重さや力の加減を、言葉より先に体で教えてくれます。

影と風が教える理科

影踏みをしていると、影が時刻によって向きも長さも変えることに、子どもは遊びながら気づきます。紙飛行機の前後のつり合い、竹とんぼの羽根が空気を押し下げる力。教科書で出会う前に、外遊びの中で手ざわりとして知っていることが、いくつもあります。

遊び仲間が集まる場所をつくる

平日に友だちと遊ぶ子が減ったいま、大勢で遊ぶ昔の遊びを支えているのは、園や学校、子ども会や自治会の集まりです。大人の役目は、遊びを教えることより先に、人が集まる場をつくることなのかもしれません。人数さえそろえば、あとは遊びのほうが勝手に動きだします。

次に人が集まる日は、10位から順に遊んでみる

次に親戚や近所の子が集まる日は、このランキングを下から順にたどってみてください。最初に着いた子と竹とんぼを飛ばし、人が増えるたびに一つ上の遊びへ進む。学校の昔遊びの時間や子ども会の行事なら、最後はクラスじゅうではないちもんめで締めくくれます。

遊び終えたら、全員で写真を一枚撮っておきましょう。前列の子の膝に砂がついていたら、その日の遊びは大成功です。

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この記事を書いた人

昭和49年生まれ。団地の広場や空き地で、毎日のように友だちと遊び回って育った世代です。
ファミコンも好きだったけれど、やっぱり心に残っているのは、竹馬、メンコ、缶蹴り、ゴム跳び…あの頃の外遊びのワクワク感。

子どもたちがスマホやゲーム中心になっていく中で、
「昭和の遊びって、実は今の時代にもめちゃくちゃ価値があるんじゃないか」
と感じるようになり、休日は地域の子ども会で昔遊びを教えたり、会社のレクリエーションで昭和ゲームをアレンジして楽しんだりしています。

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