夕焼けの路地。電柱の陰で、私は息を殺していた。
牢屋は角の駄菓子屋の前に、ろう石で描いた丸がひとつ。中には仲間が三人しゃがんでいる。見張りの刑事は二人。そのうちの一人が、ほんの一瞬よそ見をした。
走る。手を伸ばす。タッチ。三人が一斉に散った。
泥棒がいちばん輝くのは、何かを盗むときではない。捕まった仲間を牢屋から逃がす、その一瞬だ。
この話を妻にすると、きまって訂正が入る。それ、どろけいでしょう。結婚して二十年あまり、この一点だけはいまだに決着がついていない。
けいどろは、警察役と泥棒役の二組に分かれて追いかけ合う鬼ごっこだ。警察は泥棒を追ってタッチし、捕まえた泥棒を牢屋に入れる。泥棒は逃げ回りながら、すきを見て牢屋の仲間にタッチし、外へ逃がす。道具はいらない。要るのは走り回れる広さと、相手を出し抜く悪知恵だけだ。
2018年の調査では、平成生まれの人が最も思い出に残っている遊びの1位に、けいどろとどろけいが入った。昭和の路地を走り回った悪だくみは、平成の校庭にもしっかり受け継がれていた。警察より泥棒のほうが楽しかったと白状する大人は、なぜかみんな、少しうれしそうな顔をする。
けいどろとは、どろじゅんの名でも親しまれた昭和の伝承遊び
鬼ごっこの家系に連なる、どろじゅん型
辞書は、けいどろを警察、あるいは刑事と泥棒を略した呼び名だと説明し、鬼ごっこの一つに数えている。百科事典の鬼ごっこの項目には、鬼が巡査に、子が泥棒に扮するどろじゅん型という分類まである。捕まった子がもう一度遊びに戻れるので、助け鬼の仲間として紹介されることもある。
どろじゅんは、泥棒と巡査を縮めた呼び名だ。巡査という言葉は、警察の仕事が司法省に移った明治5年から使われはじめ、それまでは邏卒と呼ばれていた。全国で巡査に改められたのは1875年だという。とすれば、どろじゅんという名前が生まれたのは、少なくともそれより後のことになる。
呼び名はほかにもある。盗っ人と探偵を縮めたぬすたんやぬけたん、どろたん、たんどろ、悪漢探偵、探偵ごっこ、ギャンポリ。泥棒を追う役が巡査だったり探偵だったりするところに、それぞれの時代の子どもが見上げていた大人の姿がのぞく。
鬼ごっこそのものの呼び名も、昔から土地によって違っていた。江戸時代後期の風俗を書きとめた守貞漫稿には、京や大坂ではきっきりもう、江戸では鬼ごこと呼ぶとある。呼び名をめぐって東と西が言い合うのは、どうやら江戸のころからのお家芸らしい。
けいどろか、どろけいか、呼び名の地図
呼び名をめぐっては、ウェブ上の投票がいくつか行われてきた。2017年に紹介されたドコモのみんなの声の投票では、総数2万9814票のうち、けいどろが47パーセント、どろけいが29パーセント。助け鬼が4パーセント、どろじゅんが3パーセントと続いた。都道府県別に見ると、東京、神奈川、埼玉の首都圏と、愛知、沖縄でどろけいが1位。青森や秋田、新潟では助け鬼が1位で、三重ではけいどろが1位だった。2011年に行われた別の投票でも、けいどろが50.84パーセントで、どろけいの18.20パーセントを大きく上回っている。
どちらも、参加した人が自分で票を入れる形の調査だ。地域の傾向をおおまかにつかむ程度に受け取っておくのがいい。それでも、首都圏で育った妻がどろけいと言い張る理由だけは、この数字でなんとなく腑に落ちた。
昭和の路地の牢屋と、ろう石の丸
私の町のけいどろは、夕方の路地が舞台だった。車の少ない路地は、昭和の遊びの舞台そのものだった。牢屋は、ろう石でアスファルトに描いた丸ひとつ。捕まった泥棒は丸の中にしゃがみ、二人目からは手をつないで牢屋から列を伸ばしていく。列の先っぽに仲間がタッチすれば、全員が一斉に逃げられる。電線と呼んでいたその列は、捕まる人が増えるほど長くなり、警察にとってはどんどん守りにくくなった。
いちばん小さい子はおみそと呼ばれ、捕まっても牢屋に入らなくてよかった。隣の学区の子が混じると、呼び名も決まりも少しずつ違っていて、始める前にひと悶着ある。夕焼けのチャイムが鳴れば、捜査はそこで打ち切り。捕まらずに逃げきった泥棒は、その日の主役として胸を張って家に帰った。
2025年に、昭和40年代から60年代に小学生だった世代に聞いた雑誌のアンケートでは、40代の1位がけいどろだったという。平成生まれの1位という結果と並べると、この遊びは世代をまたいで校庭の主役を張りつづけてきたことになる。
人数と道具、紅白帽がひとつあれば
人数は5人ほどいれば始められる。じゃんけんで、警察と泥棒をおおよそ半分ずつに分ける。道具はいらないが、紅白帽があると敵か味方かがひと目で分かる。小さな子と遊ぶなら、制限時間は5分から10分ほどで区切り、逃げてよい範囲と牢屋の大きさを先に決めておく。
けいどろのルールと遊び方、捕まえて逃がす基本の流れ
一回戦の進め方
- 逃げてよい範囲と、牢屋にする場所を決める。
- じゃんけんで、警察役と泥棒役に分かれる。
- 警察が10数えるあいだに、泥棒は散らばって逃げる。
- 警察は泥棒を追いかけ、タッチして捕まえる。
- 捕まった泥棒は牢屋に入る。
- まだ捕まっていない泥棒が牢屋の仲間にタッチすると、その仲間はまた逃げられる。
- 警察が泥棒を全員捕まえたら警察の勝ち。制限時間まで一人でも逃げきれば泥棒の勝ち。
- 役を入れ替えて、次の回を始める。
警察の段取りと、泥棒の悪だくみ
決まりは単純でも、作戦の数はいくらでもある。
警察の悩みどころは、牢屋の見張りに何人を残すかだ。見張りが少なければ脱獄され、多すぎれば追いかける人手が足りなくなる。逃げる泥棒は、一人で追うより二人で挟みうちにしたほうがずっと捕まえやすい。物陰の多い場所では、待ち伏せも効く。
泥棒の腕の見せどころは、牢屋の仲間を逃がす瞬間だ。一人がわざと見張りの前を横切っておとりになり、そのすきに別の一人が反対側から牢屋へ回りこむ。ばらばらに飛びこむより、合図を決めて二方向から同時に突っこむほうが、見張りは対応しきれない。
私の町では、作戦会議は路地の奥の自転車置き場と決まっていた。立てるのはたいてい年上の子で、年下の子の役目はおとり。走らされるのはいつも年下だったが、作戦が当たって仲間が牢屋から飛び出してくる瞬間は、何度味わっても胸がすいた。
町ごとに違う、牢屋と脱獄の決まり
けいどろの決まりは、遊ぶ場所ごとに少しずつ姿を変える。
- 茨城県の特別支援学校の授業では、牢屋から仲間の名前を呼び、助けに来てもらう決まりで遊んでいる。
- 福島県二本松市の園の助け鬼は、助けた子が最後まで手をつないで自分の陣地へ戻る。
- 高知県の保育所の記録には、ひと休みできる安全地帯を置く案が出てくる。そこに10秒までいてよいかという決まりは、話し合ってもまとまらなかったそうだ。
- 熊本の小学校の1年生の体育では、丸い牢屋をコートの真ん中に置いて遊ぶ。泥棒には、逃げるか助けるかの選択がそのつど迫られる。
- 大人のサークルの大会では、30分を3回戦い、直径5メートルの円を牢屋にして、刑事は2人組で動くと決めていた。
どれが正しいということはない。集まった顔ぶれを見て、二つ三つ選んで足せばいい。
走り出す前の安全確認
狭い場所での鬼ごっこは、ぶつかる危険が一気に高くなる。全員が思いきり走っても、すれ違えるだけの広さを確保したい。
逃げてよい範囲に、道路は入れない。登校中に鬼ごっこをしていた子が急に飛び出し、歩道を走ってきた自転車とぶつかった例もある。体育館の床がぬれていて滑った例や、サッカーゴールの網に足を取られて転んだ例も報告されている。始める前に範囲をぐるりと歩き、危ない物や滑りやすい場所がないかを見ておく。フードやひものついた服は遊具や友達に引っかかりやすいので、着替えさせておくと安心だ。
けいどろの令和アレンジ、手配書づくりから街じゅうを使う大人の本気戦まで
子ども向けには、名前を呼んで脱獄する低学年ルール
親子で遊ぶ日は、大人も楽しめるように一つ工夫を足す。大人の警察は、二人一組で手をつないだまま追いかける決まりにする。大人のサークルが刑事を2人組で動かしていたやり方を、親子戦向けに借りたものだ。手をつないだ大人は小回りがきかず、子どもの泥棒にするりと逃げられる。
幼い子がまじる日は、さっきの町ごとの決まりがそのまま使える。牢屋から仲間の名前を大きな声で呼ぶ。助けたら手をつないで陣地まで戻る。牢屋をコートの真ん中に置けば、警察も泥棒も牢屋の近くに集まり、小さな子でも見失わずにすむ。
輪になったフープやケンステップを散らして、一度に一人だけ入れる安全地帯を作るのも手だ。何秒までいてよいかは、子どもたちに決めさせる。近所の子と遊んだときも、私が決めた秒数より、自分たちで決めた秒数のほうがよほどきちんと守られた。
スマホと位置情報で遊ぶデジタル版
位置情報を使う鬼ごっこは、思いのほか早くから登場している。2009年には、参加者の居場所を地図の上に映し出すiPhoneのアプリが紹介されていた。いまもGPSを使った鬼ごっこのアプリがあり、スマホのゲームにはけいどろの形で遊べるモードを備えたものまである。テレビでは2004年から、捕まった人を牢獄に入れるルールの逃走中が放送されてきた。
家族のけいどろなら、スマホは審判役の大人に預けるのがいい。ストップウォッチのラップ機能で、泥棒が捕まるたびに時刻を記録していく。誰が何分逃げ延びたかが捜査記録として残り、回を重ねるごとに逃走時間の自己ベストを競える。
大人のレクリエーション、街ひとつを使う本気のけいどろ
大人になると、けいどろは街へ出ていく。各地で大規模なけいどろを開いている一般社団法人は、これまでに74回、延べ3400人が参加したとしている。2026年には、岩手県一関市が主催し、半径およそ1.5キロから2キロの範囲で200人ほどが走る回が予定されている。佐賀では大学が主催した回があり、岩手県二戸市の小学校では、創立150周年の記念に児童およそ120人と保護者が街を駆けた。プロのラグビーチームが、チームづくりのために取り入れた例もある。
千葉県船橋市の高校では、1学年の約120人どうしがぶつかるけいどろ大会を開き、3クラスずつ3チームに分かれて総当たりで戦った。担任や副担任も走ったという。2009年に秋葉原で開かれた街なかの鬼ごっこは、走るの禁止、建物への侵入禁止という決まりで行われた。人の多い場所でも、決まりの工夫ひとつで遊び場になる。
職場の研修や地域の集まりで遊ぶなら、始める前に5分だけ作戦会議の時間をとる。誰が見張り、誰がおとりになるか。役割を言葉にして決めるところから、もうチームづくりが始まっている。
SNS映えは、手描きの手配書と紅白帽の後ろ姿
始める前に、警察チームが泥棒チームの似顔絵で手配書を描く。写真の代わりに子どもの絵を並べれば、顔を出さずにすむうえ、それだけで一枚の作品になる。逃げきった泥棒には、手配書に赤丸の時効のはんこを押してやる。
ろう石やチョークで描いた牢屋の丸を真上から撮り、紅白帽の後ろ姿を並べた集合写真を添える。タッチの瞬間を狙うなら、スロー撮影で手と手が触れるところだけを切り取る。公園の名前や家の近くが分かる景色は、写りこまない角度を選んでおく。
けいどろが鍛える、走る脚と読む目と仲間を助ける勇気
紅白帽ひとつで始められて、人数が増えるほど面白くなる。平成生まれの思い出の1位になったのは、公園と仲間さえいれば今の子どもにもすぐ手が届く遊びだからだろう。
走って、よけて、急に向きを変える
文部科学省の幼児期運動指針は、子どもが毎日合わせて60分以上、楽しく体を動かすよう勧めている。鬼遊びをすると、歩く、走る、くぐる、よけるといった動きをまとめて経験でき、5歳から6歳ごろには、いろいろなルールの鬼遊びを経験させたいとしている。岐阜県が紹介する幼児向けのけいどろでは、走る動作、すばしこさ、粘り強く走り続ける力が伸びる要素として挙げられている。
逃げるか助けるか、一瞬の判断と作戦
熊本の小学校の体育では、けいどろの泥棒が、逃げるか助けるかの選択をそのつど迫られる遊びとして扱われている。鬼のいない空間を見つけて動き、身をかわし、慣れてくると挟みうちや待ち伏せといった簡単な作戦を使いはじめる。運動指針も、状況を判断してから体を動かすまでに、脳の多くの領域が使われると書いている。
待っててと叫べる仲間
愛知県の資料には、来日して1か月の4歳児が、鬼遊びの陣地から待っててと応えて、仲間を助けに走るようになった話が載っている。言葉がまだ十分に通じなくても、助けに行く、助けられるというやりとりが、子どもどうしをつないでいく。
運動指針は、5歳から6歳ごろの子どもが友達と力を合わせ、役割を分担して遊ぶようになるとし、ルールを守り、自分を抑え、やりとりをしながら遊ぶ力が育つとしている。奈良市の資料には、どんなルールにしたら面白いかを、子どもたちが自分で相談している姿も記されている。
次の土曜は公園で、警察と泥棒に分かれてみる
今度の土曜日は、家族や近所の子を誘って公園へ出かけてほしい。範囲を決め、ベンチの横に牢屋の丸をひとつ描き、じゃんけんで警察と泥棒に分かれる。学校の休み時間や昔遊びの授業、子ども会、職場のレクリエーションでも、紅白帽と少しの広ささえあれば、すぐに一回戦が始められる。
始める前に、呼び名で一度もめておくのも悪くない。けいどろでも、どろけいでも、どろじゅんでもいい。
泥棒の時効は、夕焼けのチャイムが鳴るまでだ。
