背中のほうで、鬼が数を数えている。昭和の放課後、その声が終わるまでに、私は公園じゅうの高い場所を目で拾い集めた。ベンチ、花壇のふち、すべり台の階段。地面に足を置いているあいだは、どこにいても捕まる。けれど少しでも高い所に乗ってしまえば、鬼の手はもう届かない。
高鬼は、その約束ひとつで回る鬼ごっこだ。平らな地面が急に海へ変わり、段差は島に、遊具は港になる。島から島へ跳び移るたびに、胸の奥が騒がしくなった。
縁石の上で片足立ちのまま、鬼と目が合って動けなくなる。降りれば捕まり、留まれば足がしびれる。あの数秒のにらみ合いを覚えている人は、きっと少なくないだろう。走る速さだけで勝負が決まらない昔遊びだから、小さな子も、全力疾走から遠ざかった大人も、同じ海で遊べる。
高鬼のルールと基本の遊び方
地面より高い所にいるあいだ、鬼はその子にタッチできない。高鬼のルールで覚えることは、ほぼこれだけだ。国語辞典の高鬼の項も、鬼ごっこの一種だと書いたあとは、この決まりを一文で述べて終わる。
高鬼に要るのは段差と仲間
道具は何もいらない。要るのは、登れる物がほどよく散らばった場所と、一緒に走る仲間だ。ベンチや遊具のある公園なら、島に困ることはまずない。島どうしが離れすぎていると渡るたびに捕まり、近すぎると鬼が追う間もなく渡れてしまう。走って数歩で届くくらいの間隔で段差が並んだ一角を選ぶと、遊びがだれない。
人数は四人いれば足りる。大勢の日は鬼を二人に増やすと、追いかける側の息が続く。
基本ルールと一回の流れ
- じゃんけんで鬼を一人決め、ほかの子は逃げる側に回る。
- 逃げてよい範囲と、高い所として使ってよい場所を、全員で歩いて見ておく。
- 鬼が声に出して10まで数えるあいだに、子は散らばって地面より高い所へ上がる。
- 数え終えた鬼は追いかけはじめ、地面に足をつけている子だけをタッチできる。
- 一つの高い所に長居はできないので、子は鬼のすきを見て地面へ降り、別の高い所へ渡る。
- 鬼のねらい目は、高い所から高い所へ移る途中の子だ。
- タッチされた子が次の鬼になり、10を数えるところから始めなおす。
どこからが高い所かを決めておく
高鬼でよくもめるのが、この境目だ。地面より少しでも高ければ助かるという遊び方では、石の上や階段の一段目も逃げ場になる。土が盛り上がった丘や段差は地面のうちと数え、遊具の上のようにはっきり高い所だけを島と認めるやり方もある。
鬼より高い所にいれば捕まらない、と教わった人もいるはずだ。この遊び方だと、鬼が台に上がっただけで、それより低い縁石の子は守られなくなる。
鉄棒にぶら下がって足が浮いた子や、片足だけ縁石に乗せた子の扱いも、始める前に話しておかないと鬼が替わるたびに言い合いになる。どこに線を引いてもかまわないが、一度引いた海岸線はその回が終わるまで動かさない。
仲間うちで足されるローカルルール
島に居すわる子と、島のそばを離れない鬼。どちらかばかりが得をしないように、高鬼のルールには遊ぶ子どもたちの手で取り決めが加えられてきた。長居をどこで打ち切るかも、仲間ごとに違う。
- 一つの島にいられるのは10秒まで、と秒数で区切る。
- 秒数のかわりに、鬼が島のそばで10を数えたら、その島の子は数え終わる前に降りて逃げることにする。
- 島を移るときは、いったん地面を踏んでから次の島へ上がる。
- 島のそばで待ちかまえる鬼には、降りた子を3秒見送ってから追いかけてもらう。
- 島の上にいても、鬼の手が届けばタッチしてよい。
- 島として使える場所の数を、あらかじめ減らしておく。
全部を入れる必要はない。小さい子が一緒の日なら3秒見送り、遊び慣れた子ばかりの日なら手が届けばタッチあり。その日に集まった顔ぶれを見て、二つ三つ選んで始めればいい。
けがをしないための約束
サンダル履きで鬼ごっこをしていた子が、すべり台から逃げようとして転び、腕の骨を折った。東京都が遊具の事故への注意を呼びかけた資料に、そんな例が出てくる。高い所を行き来する遊びだから、始める前に約束を交わしておく。
- 登ってよい高さは大人がその場で見て決め、あまりに高い所は島にしない。
- ぐらつく物や積み上げた物には乗らず、雨上がりの濡れた遊具も避ける。
- よその家の塀や門、とめてある車や自転車は人の物なので、手もかけない。
- 高い所から飛び降りず、下に人がいないのを見てから足をおろす。
- ひもやフードの付いた服は避け、マフラーや肩からさげた水筒、かばんは遊ぶ範囲の外に置く。靴は脱げにくい運動靴にする。
公園にはほかの家族もいる。よちよち歩きの子が遊んでいる遊具は、その日は島に使わないでおきたい。
昭和の遊びとしての高鬼
鬼ごっこの変わり型として伝わる伝承遊び
鬼ごっこの起こりには、節分の豆まきのもとになった追儺という鬼払いの行事を、子どもがまねて遊びにしたという説がある。今ならじゃんけんで一瞬に決まる鬼も、以前は唱え言で選ぶことが多かった。その唱え言は、江戸時代後期の書物にもう書き留められている。
百科事典の鬼ごっこの項目は、変わり型がたいへん多いとして、木鬼や金鬼と並べて高鬼の名を挙げている。色鬼では、鬼が叫んだ色の物に触っているあいだは捕まらない。どこを逃げ場にするかを一つ変えるだけで、鬼ごっこは別の遊びになる。
高鬼そのものが、いつ、どこで生まれたのかははっきりしない。土地によっては、たかたか、たかたかとうばんとも呼ばれる。呼び名ひとつ取っても土地ごとに違うところが、いかにも伝承遊びらしい。
学年のまじった放課後の高鬼
私の覚えている高鬼は、たいてい学年のまじった仲間との遊びだった。空き地に置かれた土管、校庭の朝礼台、神社の石段。昭和の遊び場には、島になりそうな段差がいくらでもあった。休み時間の短いあいだでも、鬼さえ決まればすぐに始められた。
島の下で見張る鬼の前を、誰かがわざと横切る。鬼がそちらへ走りだしたすきに、島の上の子は次の島へ渡る。助けられた子が、今度は別の誰かのために鬼の前へ飛びだしていく。足の遅い子も、そうやって島を渡り歩いた。
いちばん年下の子だけは、島に長くいてよい。そんな特別扱いが、誰に言われるでもなく生まれていた。
子どもも大人も楽しめる高鬼の令和アレンジ
床に島を浮かべる子ども向けの室内版
家の中では高さを使わず、床に島を浮かべる。ジョイントマットを一枚ずつ離して置くか、新聞紙を床にテープで留めれば、それが島になる。マットは一度踏んでみて、床の上で滑らないかを確かめる。ソファや椅子に登るのはなしにして、移動は大股歩きかケンケンにかぎる。部屋が狭いぶん鬼との距離が近く、島の上で過ごす10秒がやけに長い。
大人が鬼をするときは、ひざをついて追いかける。校庭が使えない日は、体育館に運動マットを何枚か散らせば、クラスみんなで遊べる海ができる。
スマホを海図にするデジタル版
出かける前に、地図アプリの航空写真で公園を上から眺めてみる。画面を写した画像にベンチや遊具の位置を書きこめば、その日の海図になる。現地で島を選ぶときも、その画像を見せれば話が早い。
遊んでいるあいだは、スマホのタイマーを潮の合図にする。見守り役の大人が1分ごとに音を鳴らし、鳴ったら全員が今いる島を離れて別の島へ渡る。この潮の決まりがあると、島の上にいても気が抜けない。
一回分を少し離れた所から動画に撮っておき、遊んだあとで見返すのもいい。誰がどの島からどの島へ渡ったかを紙に線で写していくと、航路図ができあがる。次の回の作戦は、その紙を囲んで練ることになるだろう。
大人のレクリエーションには歩く高鬼
大人だけの集まりでは、走るのをやめて早歩きで遊ぶ。芝生の広場ならレジャーシートを、屋内なら床にテープで貼った四角を島にする。一つの島に乗れるのは一人まで、乗っていられるのは10秒まで。島の数を逃げる人より少なくしておくと、いつも誰かが海に取り残され、空いた島をめぐってあちこちで声が飛び交う。タッチは肩に軽く触れるだけにする。息が上がらない早歩きだから、島の上で軽口をたたき合う余裕まで残る。
親子で参加する地域の集まりでは、子どもが鬼になって大人を追う回をはさみたい。ふだん追いかける側の親が、島の上で身を縮めて子どもの数える声を聞く。これが、なかなか悪くない。
SNSに残したくなるチョークの海
車の来ない庭先のコンクリートや、チョークで描いてよい広場があれば、地面に海を描いてしまう。島にする段差や踏み石のまわりに波線をぐるりと引き、魚を何匹か泳がせる。見慣れた地面が、それだけで海辺の絵に変わる。
SNS映えする一枚は、鬼が10を数え終えた瞬間にある。その一瞬だけ全員が島の上で止まる決まりにして、腰から下を切り取って撮れば、チョークの波の上に運動靴が点々と並ぶ。顔を写さずにすむから、気がねなく投稿できる。庭先で撮るときは、表札や車のナンバーが写りこまないよう、撮る向きを選ぶ。
昔遊びの高鬼で子どもが身につけること
登って跳んで踏みとどまる体
文部科学省の幼児期運動指針には、鬼遊びをすると、歩く、走る、くぐる、よけるといった動きを、夢中で遊ぶうちにまとめて経験するとある。高鬼ではそこに、段差を登り、下り、跳び移る動きが加わる。幅の狭い縁に乗れば、崩れかけた体勢を立て直して踏みとどまるしかない。指針の分け方でいえば体のバランスをとる動きにあたり、平らな地面を走りまわるだけの鬼ごっこでは、なかなか出番がない。
次の島を一瞬で選ぶ判断
島から降りる前に、鬼の位置と空いた島を見比べて、渡る先を選ぶ。遠い島まで行けば鬼をまけるが、たどり着く前に捕まりかねない。近い島には、鬼が先回りしているかもしれない。その見きわめを、子どもは一回の遊びのなかで何度もくり返す。全体を見渡して高い所を探し、先を予測する力が育つ。保育士向けの遊びの解説も、高鬼のねらいの一つにこの判断力を挙げている。
決まりを話し合う時間
高鬼の決まりは、子どもどうしの話し合いで変わっていく。自分に都合のいい境目を言いだす子がいれば、すぐに別の子が言い返す。両方の言い分を聞き、みんなが続けられるところに落ち着いたら、鬼がまた数えだす。遊びを続けるために言葉を尽くした経験は、教室で係を割りふる場面にも、家族で週末の行き先を相談する場面にも、そのまま持ちこめる。学校や地域の集まりで遊ぶときは、決まりづくりから子どもたちに任せてみるといい。
見慣れた町が島だらけに見えてくる
高鬼を覚えた子には、町の段差がいちいち島に見えはじめる。植え込みを囲むブロック、広場の切り株、校門わきの低い石垣。大人が素通りする場所を、乗れるかどうか、次の島まで跳べるかどうかで品定めしながら歩くようになる。大きな遊具を港と呼んだり、島に名前をつけたりして、いつもの公園を自分たちだけの海に作り変える子も出てくる。
遠出をしなくても、家の近くの小さな公園で始められる。習い事へ向かう前の短い時間でも、鬼は何度か入れ替わる。
次の公園で家族と始める高鬼
次に公園へ行ったら、ベンチに腰をおろす前に、子どもと一緒に島を三つ探してほしい。一つ見つけるたびに手で押してみて、びくともしない物だけを残す。三つそろったら、じゃんけんで鬼を決める。鬼が数えはじめたら、大人も遠慮なく近くの島へ逃げこんでいい。
足もとは、もう海だ。
