帰り道、影を踏み合いながら歩いた
西日が影を長く伸ばす時間
下校の時間、私たちの影はやたらと長くなりました。
ランドセルを背負ったまま歩いていると、自分の影が数メートル先まで伸びている。それを見つけた誰かが、後ろから走ってきて頭のあたりを踏む。踏まれたほうは声を上げて逃げる。逃げれば追う。追えばまた逃げる。
用水路沿いの道を、そうやってじゃれ合いながら帰りました。とくにルールを決めたわけでもない。誰かが誰かの影を踏んだ、それだけで遊びが始まってしまうのです。
大人が言っていた、影が薄い
もうひとつ、覚えていることがあります。
大人が誰かのことを、あの人は影が薄いね、と言うのを聞いたときの感じです。姿かたちの話をしているのではないと、子どもながらに分かりました。もっと落ち着かない、うすら寒いような意味が乗っている。
影というのは、どうやらただの黒いしみではないらしい。
その予感は、あとになって調べてみると、当たっていました。
影踏みは、もともと夜の遊びだった
明治三十年代まで、月明かりの下で
影踏み鬼は古くから伝わる遊びですが、私が驚いたのはここです。
日本では明治三十年代まで、月明かりの夜に行われることが多かったといいます。しかも、囃しながら遊んでいた。
影や唐禄神、十三夜の牡丹餅
こんな言葉を口にしながら、月の光でできた影を踏み合っていた。唐禄神は道陸神とも道禄神とも書かれる神さまです。十三夜は月の名前ですから、そこも月にかかっています。
つまり影踏みは、昼の校庭で生まれた遊びではありませんでした。夜の道で、月に照らされて、神さまの名前を呼びながら遊ぶものだった。
そう知ってから、この遊びが少し違って見えるようになりました。
影は魂だと考えられていた
日本には、影を魂と重ねて見る考え方があります。辞典を引くと、影は魂だともした、という記述に行き当たります。
影法師という古めかしい言い方も、ただの影を指す言葉ではありません。和歌や俳諧のなかで、孤独や別れや懐かしさの象徴として繰り返し使われてきました。人の影に、人そのものの気配を見ていたわけです。
人の影を踏むと嫌われる、と昔の子どもは言われたそうです。これは行儀の話であると同時に、他人の魂を踏むな、という意味を含んでいたのかもしれません。
だとすると、影踏みという遊びは、なかなか大胆なことをしている。夜、月の光の下で、神さまの名を唱えながら、互いの魂を踏み合う。
あの人は影が薄い、と大人が言うときのあの感じは、こういう水脈につながっていたのだと思います。
もちろん今の子どもたちに、そんな話をしてから遊ばせる必要はありません。ただ、夕方の帰り道でふと自分の長い影を見たとき、こういう話をひとつ知っていると、世界の見え方が少しだけ変わります。
二つの方式がある
影踏みには大きく二つのやり方が伝わっています。
ひとつは、全員一斉に行うもの。開始の合図で、全員が他の人の影を踏むことを競います。
もうひとつが、鬼役を決めて行うもの。こちらが今の主流で、学校や園でやるならこの形になります。
どちらも日陰を利用するため、日照が十分にある屋外で行います。
道具と人数
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 道具 | なし |
| 人数 | 三人以上。五人から十五人ほどがよく回る |
| 対象年齢 | 三歳ごろから大人まで |
| 所要時間 | 一回五分から十五分 |
| 場所 | 日当たりのよい屋外。日陰になる建物や木があるとなおよい |
| 条件 | 晴れていること。曇ると成立しない |
| 費用 | ゼロ円 |
道具がいらない代わりに、天気だけは選びます。曇りの日は影が薄くなり、ときどき消えてしまう。それはそれで、雲の動きを見上げるきっかけになります。
影踏みの遊び方
鬼を決めて、日陰から飛び出す
じゃんけんなどで鬼を一人決めます。
鬼以外の全員は、建物や木の日陰に入ります。ここが出発点です。開始の合図とともに、日陰から一斉に日向へ飛び出す。
日向に立ったところから始める形もあります。その場合は、鬼が一定時間目をつぶって数え、その間に散らばります。
影を踏まれたら交代する
鬼は、逃げる人の影を踏みにいきます。体に触れる必要はありません。影さえ踏めばいい。
踏まれた人が新しい鬼になり、立場が入れ替わります。
体に触れずに済むという一点が、この遊びをとても穏やかなものにしています。強くタッチされて泣く子が出ない。服が引っ張られない。乱暴になりようがない鬼ごっこです。
日陰にいられる時間を決める
すぐに問題が起きます。日陰に入れば影がなくなるので、誰も捕まらなくなるのです。
だから、影に入っていられる時間に制限を設けることが多い。日陰にいていいのは十秒まで、といった形で先に決めておきます。
しゃがんで影を小さく見せるのも、逃げ方の工夫として認めていい。ただし、しゃがんだまま動かないでいるのも同じ問題を起こすので、そこも時間で区切ります。
このあたりの線引きは、遊びながら子どもたちが自分で調整していきます。口を出しすぎないほうがうまくいくでしょう。
逃げるコツは体をたたむこと
影踏みが面白いのは、逃げる側にも技術があるからです。
まず、自分の影がどちらに伸びているかを把握すること。太陽を背にして立てば、影は自分の前に長く伸びます。太陽に向かって立てば、影は後ろへ回る。鬼のいる方向に影を伸ばさないよう、立つ向きを選ぶ。
次に、影を小さくすること。しゃがむ、腕を体につける、横向きになる。体をたためば影も縮みます。
そして、動かし方。走って逃げるだけでなく、身のこなしで影を素早く移動させる。上手な子は、鬼が踏もうとした瞬間に体をひねって、影だけを横へ逃がします。
このあたりを見つけた子は、目に見えて強くなります。
一斉に踏み合う方式
鬼を決めない形も試してみてください。
合図とともに、全員が全員の影を狙います。踏んだ数を数えて、多かった人が勝ち。あるいは、踏まれたら抜けていく勝ち残り方式。
一対一の追いかけっこではなくなるので、場が一気に混沌とします。人数が多いときは、こちらのほうが待ち時間がなくて向いています。
安全に遊ぶために
足元より前方を見て走る。影を踏むことに集中しすぎると、必ずどこかにぶつかります。
走ってよい範囲を先に決める。道路と駐車場は外す。
夏の日中は避ける。この遊びは日向にいることが前提なので、真夏の正午にやると危険です。朝の早い時間か、夕方に。帽子と水分は用意しておきます。
前を走る人のかかとを踏まない。影を踏むつもりで、本物の足を踏んでしまう事故がいちばん多い。踏むのは影だけ、と最初に確認しておきましょう。
濡れた地面やタイルは滑ります。砂利の上では転ぶと痛い。場所は選んでください。
難易度を上げる工夫
踏む場所を限定する
影のどこを踏むかを決めると、戦略性が一気に上がります。
頭の部分だけを踏む。足の先だけを踏む。手の影を踏む。
頭は自分から最も遠い場所にできるので、鬼にとっては狙いやすく、逃げる側は振り回されます。逆に足元の影は自分の真下なので、守りやすい。この非対称が面白い。
鬼を増やす
人数が多いと、鬼が一人では逃げる側が退屈します。
十人を超えたら鬼を二人に。十五人なら三人に。挟み撃ちが成立するようになると、逃げる側も本気で考え始めます。
時間帯を変えて遊ぶ
同じ場所でも、朝と昼と夕方ではまるで違うゲームになります。
正午近くは影が短く、真下に集まります。踏みにくく、逃げやすい。
朝と夕方は影が長い。少し離れていても踏まれるので、鬼が有利になります。西日の時間は、五メートル先の相手の影を踏めることもある。
同じ遊びなのに難易度が変わる。これを子どもが自分で発見したとき、この遊びは理科に変わります。
令和の道具を足してみる
影を測って自由研究にする
影踏みで遊んだあと、その影を調べる。ここまでやると、夏休みの自由研究として十分に成立します。
| 調べること | やり方 |
|---|---|
| 影の向き | 一時間おきに影の先端へ印をつけ、動きを追う |
| 影の長さ | 同じ人が同じ場所に立ち、時刻ごとにメジャーで測る |
| 太陽との関係 | 影がどちらに伸びるか、太陽の位置と並べて記録する |
| 季節の違い | 同じ時刻、同じ場所で、夏と冬に測って比べる |
棒を一本立てて、一日じゅう影の先を追いかければ、そのまま日時計になります。人類が時間を測るために最初に使った道具が、目の前で再現される。
そして、なぜ夕方の影は長いのか。なぜ影は太陽の反対側にできるのか。遊んだあとの子どもは、この問いを自分の体験として受け取ります。
影絵遊びへつなげる
影踏みで影に興味を持った子は、たいてい次に影絵を始めます。
手で鳩を作る。犬を作る。二人で組み合わせて大きな怪物を作る。地面に映った影を、みんなでなぞってチョークで描く。
自分の影を追いかける遊びから、自分の影を作る遊びへ。この移り方は、見ていて気持ちのいいものです。
動画で撮る
真上から、あるいは高いところから撮ると、影が動き回る様子がよく分かります。
もっと面白いのが、地面だけを撮ること。人を写さず、影だけを追いかける。誰が誰だか分からない黒い形が、地面の上で追いかけっこをしている映像になります。
影踏み、昔遊び、外遊びといったタグをつけて投稿してもいいでしょう。影しか映っていないので、顔が写る心配もありません。
夜の影踏みを再現する
そして、これがいちばんおすすめです。
満月に近い夜、街灯の少ない公園や河川敷へ行ってみてください。月明かりでも影はできます。思ったよりはっきりと。
そこで影踏みをすると、明治三十年代まで日本中の子どもがやっていた遊びを、そのまま再現することになります。
安全のために、参加者には光るリストバンドや反射材をつけて、範囲を狭く区切ってください。大人が必ず付き添うこと。それさえ守れば、忘れられない夜になります。
懐中電灯やLEDランタンを一つ置いて、その光で影を作る形にすれば、月に頼らずどこでもできます。キャンプ場の夜にどうぞ。
大人と、高齢者と
大人がやると、意外なほど息が上がります。走るだけでなく、しゃがむ、ひねる、方向を急に変える。普段使わない動きばかりだからです。
高齢者のレクリエーションとして使うなら、範囲をうんと狭くして、歩くだけのルールにします。走らない。速さより、影の向きを読む遊びにする。
屋内なら、照明を一方向から当てて影を作ります。座ったまま、腕の影だけを踏み合う形でも成立します。
遊んだあとに何が残るか
足が遅くても勝てる
普通の鬼ごっこは、走力の差がそのまま出ます。速い子は捕まらず、遅い子はずっと鬼のままです。
影踏みは違います。影を踏むだけでいいので、追いつききらなくても勝負になる。かけっこが苦手な子でも参加できます。
その代わり、頭を使う。鬼の方向に影が伸びないよう立ち位置を選ぶ子が、いちばん長く生き残ります。
太陽の位置を体で覚える
今、太陽はどちらにあるか。自分の影はどちらへ伸びているか。
遊んでいるあいだ、参加者はこれを考え続けることになります。教科書で読むのではなく、逃げるために必要だから考える。
夕方になると影が伸びて、鬼が有利になる。この変化を体で知ることは、太陽が動いていることを知るのと同じです。
自分の影を客観視する
自分の体の外にある、自分の形。それを避けたり、小さくしたり、動かしたりする。
考えてみれば、変わった経験です。自分を外から見て操作するという感覚は、体の使い方を意識する第一歩になります。
触れずに済む鬼ごっこ
体に触れる必要がないというのは、思っている以上に大きな利点です。
タッチが強すぎて泣く子が出ない。服を引っ張られて破れない。触られるのが苦手な子も混ざれる。年齢差や体格差があっても、危なくならない。
学校や園で使いやすいのは、この性質のおかげです。
天気に左右される
曇ったら成立しない遊びです。これは欠点のようでいて、悪くない性質でもあります。
雲が出ると影が薄れ、雲が切れるとまた濃くなる。遊んでいる子どもたちが、自然と空を見上げるようになります。
今日はできない、という日があるからこそ、晴れた日の値打ちが上がる。
影が伸びる時間に外へ
夕方四時ごろがいい
準備するものは何もありません。晴れた日と、三人以上の人間だけです。
いちばんいいのは夕方です。四時ごろ、影がぐんと長くなる時間帯。あの頃の私たちが、下校の道で自然に遊び始めていたのと同じ時間です。
公園でも、校庭でも、駐車場でない広い場所ならどこでも。
影を踏まれたら
そして、もしお子さんやお孫さんに影を踏まれたら、少し大げさに悔しがってみてください。
千年以上前、この国の人は、影に魂が宿ると考えていました。明治のなかばまで、子どもたちは月の下でこの遊びをしていました。
そういう長いものの端っこを、いま踏まれたわけです。
大げさに悔しがるくらいで、ちょうどいいのだと思います。
