指先に、もみつぶした草の青いにおいが残っている。オオバコの花茎を引き抜いて友だちと引っぱり合ったあとは、石けんで手を洗っても、爪のきわから同じにおいがのぼってきたものです。草刈りの季節に土手の横を通ると、あのにおいがふいに風に乗ってきます。
春はカラスノエンドウのさやを鳴らし、初夏はシロツメクサでかんむりを編み、秋にはとげだらけの実を服にくっつけ合う。道ばたの草花を摘んで遊ぶ草遊びは、店で買うものをひとつも使わない昔遊びです。遊び道具は季節のほうから届きます。暦が一枚めくれるたびに生えてくる草が入れ替わり、できる遊びも変わっていきました。
何度吹いても鳴らなかったさやが、ある日いきなりピーと鳴ったときのうれしさ。昭和に育った人なら、きっと一度は味わっています。カラスノエンドウもオオバコも、今の町から消えたわけではありません。週末に子どもの手を引いて歩く散歩道にも、アナログな遊びが気になる若い人が毎朝通る駅までの道にも、しゃがんで目をこらせばちゃんと生えている。
草遊びは道ばたで受け継がれてきた伝承遊び
古い記録に残る草の遊び
草を使った遊びは、古い記録にも残っています。平安時代の宮廷では、左右二組に分かれて品物を持ち寄り、判定役が優劣を決める物合わせが行われていました。そのひとつが草合わせで、草の種類や形、性質を比べて勝負したと辞典は伝えています。中国の古い歳時記の注にも、五月五日に百草を闘わせる遊びがあったと記されている。草笛については、石器時代からあったとする研究まである。
こうした古い記録と、子どもがオオバコを引っぱり合う遊びが、どこでどうつながるのかははっきりしません。子どもの草花遊びは、祖父母や親から子へ、近所の年上の子から年下の子へと、遊びのなかで伝えられてきました。草花遊びを扱った保育の論文は、核家族化が進み、年の違う子どもが一緒に遊ぶ集まりが地域で崩れた今、その伝わり方が難しくなったと指摘しています。
昭和の子どもが草で遊んだ場所と時間
子どものころの町には、家の建っていない空き地や、草の伸びた土手があちこちにありました。田んぼのあぜや用水路のわき、神社の境内のすみ。家から少し歩けば、遊べる草はいくらでも見つかりました。
遊び道具を持って出かけた覚えは、私にはほとんどありません。学校帰りの寄り道で、目についた草をそのまま摘んで遊ぶ。人数も決まっていなかった。ひとりならさや笛を鳴らし、二人そろえばオオバコ相撲、何人か集まれば笹舟の流しくらべが始まります。その日に生えている草と集まった顔ぶれしだいで、遊びは自然に決まっていきました。
草遊びの種類と初めてでもできる遊び方
今の子どもと出かけるときは、小さなハサミと、摘んだ草を入れる袋、手をふくタオルがあれば足ります。草の葉を手で引っぱってちぎると、葉のへりで指を切ることがある。ハサミは、子どもの指を守る道具にもなります。
春に鳴らすカラスノエンドウのさや笛
カラスノエンドウは三月から五月ごろに花を咲かせ、そのあとに小さな豆のさやをつける草です。このさやで作る笛はピーピー笛とも呼ばれ、昔の子どもはよく鳴らして遊びました。
- 青いさやを多めに摘む。若すぎても熟しすぎても鳴りにくく、よく鳴る一本は吹いてみるまでわからない。
- さやの反っている背中側に爪で切れ目を入れて割る。腹側はつないだままにする。
- 中の豆と、豆とさやをつないでいた白っぽい綿の部分を爪でこそげ取り、内側をなめらかにする。
- さやの上のほう四分の一ほどを、ハサミで切り落とす。
- 切り口を外に、割れ目を横に向けてくちびるにはさみ、吹きながら震える位置を探る。
さやは乾くと鳴らなくなります。家で続きを吹きたいときは、ぬらしたまま持ち帰りましょう。
シロツメクサで編む花かんむり
シロツメクサという名は、江戸時代にオランダの人がガラス器具の箱詰めにこの草を使ったことからつきました。マメ科の草で、白い花が五月から九月にかけて咲きます。まっすぐで丈夫な茎は、編むのにちょうどいい。
- 花を茎ごと摘んで、何本か手もとにそろえる。
- 二本の茎を、交わるように重ねる。
- 上になった茎を後ろへ回し、花と花のあいだに通してから下へ折って、もう一本の茎と束ねる。
- 新しい花を一本足しては、同じように編み進める。
- 頭にのるくらいの長さになったら、両はしを結んで輪にする。
アカツメクサやレンゲソウで同じように編めば、桃色のかんむりになります。
花茎を引っぱり合うオオバコ相撲
オオバコは、公園や道ばた、庭のすみなど、どこにでもたくさん生えている草です。四月から十月ごろにすっと伸びる花茎で勝負するのが、オオバコ相撲。
- 太くて丈夫そうな花茎を選んで摘む。
- 二人で一本ずつ持ち、花茎どうしを交差させてからめる。
- 両はしを持って引き合い、先に切れたほうが負け。
オオバコの花茎は、まっすぐ引っぱる力には強いのに、折り曲げには弱い。勝負の前に爪で茎をしごいてやわらかくしておくと、この技を知らない相手にはまず負けません。
水辺に浮かべる笹舟
細長い笹の葉は、折って組むだけで水に浮かぶ舟になります。
- 笹の葉を一枚、ハサミで切り取る。
- 葉の両はしを二センチほど内側へ折る。折り目はぱきっとつけず、少し丸みを残す。
- 折った部分に、葉脈に沿って切れ目を二本入れて三つに分ける。
- 外側の二つを内側へ寄せ、片方をもう片方の切れ目に差しこむ。反対側も同じようにすれば舟の形になる。
- 水たまりや池に浮かべ、小川があれば流してみる。
いくつか並べて流し、どれが先に行くかを競ってもいいし、どこまで流れていくかを岸づたいに追いかけてもいい。水辺では、大人が子どものそばを離れないようにしてください。
葉っぱ一枚で吹く草笛
木や草の葉をくちびるに当て、息を吹きかけて音を出すのが草笛です。音を生むのは、くちびるに当てた葉の上のほうの震え。
- 名前のわかる木や草から、葉を一枚摘む。
- 葉をくちびるに当て、くちびるの両はしと下から息がもれないようにして吹く。
- 鳴らないときは、葉の当て方と息の強さを少しずつ変えてみる。
小学二年生が草笛に取り組んだ授業では、子どもたちが何種類もの葉を試し、薄くて大きな葉は鳴らしやすく、かたい葉は鳴りにくいと気づいていきました。かたいうえに表面が波打っているキンモクセイの葉は、うまく鳴らなかったそうです。ツバキの葉を丸めて鳴らす子もいたと、その授業の記録にあります。
秋の空き地で投げ合うひっつき虫
秋の空き地を歩くと、とげだらけの実がズボンにくっついてきます。ひっつき虫の代表格がオナモミの仲間で、とげの先がくるりと巻いていて、これが布に引っかかる。子どものころは、この実を友だちの背中めがけて投げ合いました。昔ながらのオナモミは今ではほとんど見られず、よく見かけるのは海外から入ってきたオオオナモミのほうだといいます。
- 服にくっつく実を、ひとつかみ集める。
- 地面に線を引いてそこから投げ、相手の背中や、的にした古いセーターをねらう。
- くっついたら当たり。とげは長くて鋭いので、顔はねらわない。
- 遊び終わったら、服についた実はその場で外す。動物の毛などにくっついて運ばれる実なので、つけたまま帰ると種をよその土地へ運んでしまう。
草遊びを安全に楽しむための心得
かぶれや中毒を起こす草木
キョウチクトウは根、葉、茎、花のすべてに強い毒をもつ木で、見かけても触らないよう自治体が呼びかけています。ヤマウルシやハゼノキ、ツタウルシに触れると、人によっては一日か二日おいてかぶれが出る。秋に赤黒い実を房にしてつけるヨウシュヤマゴボウは、小さな子が実を口に入れないよう目を配りたい草で、根の汁が肌につくとかぶれる場合もあります。ヒガンバナにも、口に入れると吐いたり下痢をしたりする毒がある。
名前のわからない草は口に当てず、口に入れない。この約束を、出かける前に子どもと交わしておきます。
草むらの毛虫とマダニから肌を守る
ツバキやサザンカの葉には、チャドクガという毛虫がつきます。幼虫が出るのは四月から五月と八月から九月の年二回で、毒のある細い毛に触れると皮膚炎を起こす。ツバキの葉で草笛を吹くなら、先に毛虫がいないかを確かめましょう。触れてしまったときはこすらず、セロハンテープでそっと毛を取ってから、流水で洗い流してください。
マダニは主に森林や草地にすみ、市街地でも見つかります。草むらに入る日は長袖と長ズボンにして足をおおう靴をはき、シャツの裾はズボンへ、ズボンの裾は靴下へ入れる。帰ったら入浴し、首や耳、わきの下、膝の裏などに咬まれたあとがないかを見ます。食いついたマダニを無理に引き抜くと体の一部が皮膚に残ることがあるので、皮膚科で取ってもらってください。
公園で草を摘む前の確かめごと
公園の草は、だれでも自由に摘めるとはかぎりません。都市公園の条例で、植物の採取を禁止行為にしている自治体があります。摘んでよいか迷ったら管理事務所にたずね、許された場所でも遊ぶぶんだけを摘む。よその畑や庭の草花には手を出さないことも、子どもに伝えたいところです。
遊んだあとは爪のあいだまで手洗い
カタバミの葉にはシュウ酸が含まれていて、くすんだ十円玉をこするとぴかぴかになります。遊んでいるうちに、こうした草の汁が手につく。遊び終わったら、おやつの前に石けんで手を洗い、爪のあいだまで流しましょう。
令和アレンジで楽しむ草遊び
子ども向けの草花ビンゴと笹舟レース
小さな子には、草花ビンゴがよく合います。九つのます目にオオバコやシロツメクサ、タンポポの絵をかいたカードを持って歩き、見つけたら丸をつける。見つけた草でその場でひとつ遊ぶ決まりにすると、探す時間と遊ぶ時間がひと続きになります。生活科の時間に、ビンゴカードを手に校庭の草花や木の芽を探して、今の季節を確かめた小学校もあります。
川が遠い家では、ビニールプールに笹舟を浮かべ、うちわであおいで進ませる競走ができる。工作の好きな子には、夏から秋に穂を出すエノコログサの仲間がいい。ねこじゃらしの名で知られるこの草の、穂の短い二本を束ねて耳にし、穂の長い一本を根元から巻きつけて留めれば、うさぎの顔のできあがり。
草の名前を調べるアプリと手もとを残す動画
スマホには、写真を撮るだけで植物の名前を教えてくれるアプリがあります。散歩の途中で見慣れない草に出会ったら、まず撮って名前を調べてみる。口に当てる葉だけは、アプリの答えをうのみにせず、紙の図鑑とも見比べておくと安心です。
花かんむりを編む親の手もとを動画で撮っておけば、子どもがひとりで続きを編むときの手本になる。さや笛や草笛の音も、葉の種類ごとに録音しておくと、どれがいちばんよく鳴ったかをあとから聞き比べられます。
大人も楽しめる草笛の練習会とオオバコ相撲の番付
草笛は、子どもだけの遊びではありません。自治体のサイトには、小学生から高齢者までを対象にした草笛講座の案内も載っている。散歩仲間で葉を持ち寄り、童謡が一曲吹けるまで練習する会にすれば、大人の趣味として長く続けられます。よいさやに当たれば、さや笛で簡単な曲を吹くこともできる。
オオバコ相撲は、行司役を一人決め、はっけよい、のこったの掛け声で引き合いを始めると、見ている側まで声が出ます。公民館や町内会の集まりなら、勝ち星を書きこむ番付表を用意して、大人どうしの取組と祖父母と孫の取組を交互に組む。太い花茎の見分け方や爪でしごく裏技を孫に手ほどきするのは、昭和に育った祖父母の役目です。
SNS映えする草の暦写真
その月に摘んだ草を白い紙に並べて一枚撮り、月ごとにつなげていくと、一年分の草の暦になります。近所の原っぱを、月に一度、同じ場所から撮りためていくのもいい。花かんむりを編む手や、さやを割る指を大きく写せば、子どもの顔を出さずに投稿できます。笹舟が流れていく様子は、数秒の動画にすると水音まで一緒に残ります。
草遊びで子どもが身につけること
さやを割き茎を編む指の動き
さやを爪で割く、茎を巻きつけて編む、葉の切れ目に差しこむ。草遊びの手順は、ほとんどが指の細かな動きでできています。オオバコ相撲では腕で引き、ひっつき虫を投げるときは肩から腕を振る。しゃがんで草を探しては立ち上がり、土手を上り下りしているうちに、子どもはずいぶんな距離を歩いています。
草を選び編み方を変える工夫
シロツメクサの茎は、かんむりのほかに眼鏡の形にも編めます。笹舟なら、小さな葉を一枚立てて帆にする手もある。オオバコ相撲は松の葉でもできるので、ほかにどの葉や茎が切れにくいかを、あちこちでためしてみましょう。うまくいかなければ編み方を変え、茎を替えて、もう一度。手を動かしながら次のやり方を考えるくせは、草をいじっているうちに身についていきます。
手もとを見せて教え合う時間
伝承遊びは、手もとを見せてもらわないと覚えにくい遊びです。さやのどちら側を割るか、茎をどちらへ回すかは、指を動かしながら言葉を添えて伝えるしかありません。親が子に、兄や姉が弟や妹に教えていると、ここを持って、もう少しゆっくり、と短い声がいくつも行き交う。よく鳴る葉を先に見つけたのが子どものほうなら、今度は大人が教わる番です。
昭和の遊びで通学路の季節に気づく
草の名前と遊び方をいくつか覚えた子は、通学路や買い物の行き帰りに、足もとへ目を向けるようになります。先週はつぼみだった花が開いている。土手の草の背丈が伸びた。ズボンについたひっつき虫は、秋が来たという道ばたからの便りです。部屋の中で過ごす日が続くと、季節は天気予報の数字でしか届かなくなりがちです。昭和の遊びをひとつ覚えておけば、遠出をしなくても、家の近くの土手で季節を指先に残せます。
季節の便りが届いたら土手へ出かけよう
草遊びの始めどきは、カレンダーより先に道ばたの草が知らせてくれます。カラスノエンドウのさやがふくらみ、シロツメクサが咲きはじめる五月ごろなら、さや笛も花かんむりもオオバコ相撲も、一度の散歩で材料がそろう。私が一年でいちばん草遊びをすすめたいのは、この季節です。秋に思い立ったなら、ねこじゃらしの穂とひっつき虫から始めてもかまいません。
学校なら、春の校庭で花茎を摘み集めるだけで、クラスのオオバコ相撲大会が開けます。五月に入って最初の晴れた休日には、家族で近くの土手まで歩き、子どもと並んでカラスノエンドウのさやを割ってみてください。
