子どものころの遊びに順位をつけるなど、ずいぶん偉そうな真似だと自分でも思います。めんこもベーゴマも、あの頃の私には毎日が決勝戦でした。どれが上かなど、考えたこともありません。
ランドセルを玄関に放り込めば、空き地にも路地にも誰かしら遊び相手がいた。説明は一分で済み、道具は身の回りの物で足り、何度やっても飽きない。昭和の遊びは、そんなものばかりでした。
五十代になって子どもに遊びを手渡す側へ回ると、先に渡したい遊びとそうでない遊びの区別が、私の中で少しずつついてきました。思い出だけで選ぶなら、どれにも一票を入れたいのに。同じ時代に外を駆け回った方なら、この板挟みをわかってもらえるはずです。
順位はどこかの調査で決めたものではなく、令和の子どもと遊ぶならという一点で私が並べた、ごく個人的な昔遊びランキングです。異論はもちろん大歓迎。
昔遊びランキングを決めた私の三つの物差し
並べた十の遊びは、どれも伝承遊びです。子どもの遊び仲間の中で自然に生まれ、友だちや年上の子から、そして大人からも受け継がれてきた遊びを、そう呼びます。伝承遊びの研究では、都市化や核家族化が進むなかで、遊びを伝える子どもの集団そのものが小さくなったと指摘されています。年長の子が務めていた先生役は、いまや親や祖父母の番。そのつもりで用意した物差しが、次の三つです。
今の子どもが今日から始められること
覚える決まりが多い遊びや、広い場所と大人数が要る遊びは、始めるまでの距離が遠くなります。一度聞けば輪に入れる遊びほど、私は上に置きました。
大人と子どもが同じ土俵に立てること
親がわざと負けてやる遊びは、子どもにすぐ見抜かれます。運や器用さが勝負を分け、大人がうっかり本気で負けてしまうような遊びほど、私の採点は甘め。
家にあるもので代わりがきくこと
専用の道具を買わなくても、台所や押し入れにある物で代わりがきけば、それだけで一段上がる。私の順位表をいちばん大きく動かしたのは、実はこの物差しでした。
昭和の遊びを令和の子どもと楽しむ昔遊びランキング
下位から順に、選手入場です。
第10位は缶蹴り
いきなり最下位ですが、子どものころの私がいちばん熱くなった遊びは、たぶんこれです。空き缶がひとつあれば、鬼が一人と隠れる子が数人で始められます。
- 地面に小さな円を描いて缶を置き、鬼を一人決めます。
- 誰かが缶を蹴り飛ばしたら、鬼が拾って円に戻すあいだに、ほかの子は物陰へ。
- 隠れた子を見つけた鬼は、名前を呼んで缶を踏みます。見つかった子は円の中で待機。
- 鬼の隙をついて誰かが缶を蹴れば、捕まっていた子は全員また逃げられる決まりです。
生け垣の陰から飛び出し、鬼より先に缶を蹴り飛ばしたときの、からんと乾いた音。昭和の子どもにとって、あれほど気持ちのいい合図はありませんでした。
隠れる場所も、車の来ない広さも、遊び仲間の数も、今の暮らしではなかなかそろいません。泣く泣く10位に回したのは、そのためです。道路やよその家の敷地に入らない約束は、始める前に。今の公園なら、缶の代わりに水を少し入れたペットボトルを。転がりすぎず、音も控えめです。
第9位は凧揚げ
風のある日に、広い原っぱまで出かける。その手間さえなければ、もっと上に置きたかった遊びです。凧は平安時代までに中国から伝わったとされ、江戸時代には正月の子どもの遊びとして、禁止令が出るほど流行しました。関西ではいかのぼり、関東ではたこと呼ばれ、いかのぼりを禁じられた江戸の人々が、これはいかではなくたこだと言い張ったという一説まであります。
凧と糸巻きがあれば一人でも揚げられますが、二人なら格段に楽です。
- 風を背中に受けて立ち、糸巻きを持ちます。
- 相棒は凧を掲げて風下へ離れていき、糸がぴんと張ったところで合図を待つ役。
- 合図とともに凧をそっと上へ放してもらい、こちらは糸を手前へ引きます。
- 凧が風をつかんで上がり始めたら、あとは糸を少しずつ送り出すだけ。
揚げる前に、周りに電線や道路がないかを必ず確かめてください。電力会社は、凧が電線に引っかかっても自分で取ろうとせず連絡するよう呼びかけています。
昭和の正月には、河原や田んぼの上の空にいくつもの凧が浮かんでいました。令和の凧揚げなら、子どもがタブレットで描いた絵を印刷して貼りましょう。自分の描いた顔が空で揺れていると、子どもはなかなか糸を手放しません。
第8位はベーゴマ
ひもを巻けるようになるまでが、ベーゴマ最大の難所です。8位にとどまったのも、ひとえにその壁の高さのため。巻き貝のバイの殻に砂や粘土を詰め、ひもで回して遊んだのが始まりとされ、バイゴマがなまって今の名になったといわれます。明治の終わりごろから鉄の鋳物で作られるようになり、戦後の昭和には子どもたちのあいだで大流行しました。
コマとひものほかに、バケツにシートを張った土俵が要ります。この土俵を床と書き、トコと呼びます。対戦は二人から。女巻きか男巻きでひもを巻きつけたら、床の上へ力まずに水平に放ちます。前へ投げるより、ひもを手前へ引く意識で離すとよく回る。床から弾き出されるか、先に止まったほうが負けです。
負ければ自分のコマを取られる決まりもあって、床を囲む子どもたちは勝負のたびに目の色を変えていました。勝ち負けの半分は運だという声もあり、年齢や性別に関係なく本気でぶつかれるのが痛快なところ。
鉄のコマは勢いよく飛び出すので、のぞき込む顔は近づけすぎないように。家で遊ぶときは、色違いのシールで持ち主を見分け、家族全員で一度に放つ乱戦にすると盛り上がります。
第7位は竹馬
古くは葉のついた笹竹一本にまたがり、馬に見立てて走り回る遊びを竹馬と呼んでいました。二本の竹に足掛けをつけた今の形は、江戸時代の終わりごろの書物にもう書き留められています。
道具は竹馬ひと組で、乗るのは一人ずつ。はだしになり、足の親指と人差し指で竹を挟むようにして足掛けにのります。竹は腕を自然に前へ出した高さで握り、ほんの少し前へ傾ける。目線は足元ではなく少し先へ向け、同じ側の手と足を一緒に出して小さな歩幅で進むのがこつです。降りるときは二本の竹のあいだへ、両足をそろえて下ります。
足掛けを一段上げてもらうたびに、見える景色が少しずつ高くなる。昭和の小学生には、その一段がちょっとした出世でした。
竹馬を手に入れるところから始まるぶん、採点は少し辛めにしました。練習は平らで車の来ない場所で、慣れるまでは大人が横で支えます。親も一緒に乗ってみてください。子どもより先に十歩進めるかどうかで、威厳が試されます。
第6位はゴム跳び
昭和の校庭の隅では、張られたゴムを歌に合わせて次々に跳び越えていく列ができていました。戦前の子どもたちは、自転車の古いチューブを切ってゴムを作っていたそうです。
道具は長いゴムひも一本。持つ人二人と跳ぶ人一人の、三人から始められます。目安は五、六歳ごろから。
- 二人がゴムの両端を持って地面すれすれに張り、残りの人が順に跳び越えます。
- 全員が越えたら、くるぶし、ひざ、もも、腰、胸と、ひと区切りずつ高さを上げていきます。
- ももの高さからは、またいでも、片足でゴムを踏んでから跳んでもかまいません。
- 足を引っかけて跳び損ねた人は、ゴムを持つ役と交代です。
持つ人が急に手を離すとゴムが跳ね返るので、離すときはひと声かけてから。令和の家庭で人手が足りない日は、ゴムの片端を椅子の脚に結べば二人でも遊べます。
難点は、脚の長い大人がどうしても有利になること。大人の番だけゴムを一段高く張る決まりにすれば、親子でも互角の勝負になります。
第5位はめんこ
めんこのご先祖は、江戸時代の泥めんこです。粘土を型で抜いて焼いた小さな焼き物で、地面に置いた相手のものにぶつけたり、描いた枠の中へ投げ入れたりして遊んだといいます。紙のめんこが現れたのは明治の後半。昭和の札には力士や映画スターなど、その時代の人気者が刷られ、手持ちの札の厚みがそのまま子どもの勲章でした。
めんこが一人数枚ずつあれば、二人で勝負ができます。よく知られた遊び方は起こしで、地面に置かれた相手の札のすぐそばへ、自分の札を思いきり叩きつける。起きた風で相手の札が裏返れば、その札は自分のものです。最後に多く持っていた人の勝ち。
減点の理由は、遊ぶ場所を選ぶこと。集合住宅の床に札を叩きつければ、さすがに階下へ申し訳ない。札は段ボールや牛乳パックで自作できるので、令和の子どもには作るところから任せましょう。描いた絵や家族の似顔絵を貼れば、札の人気者はわが家の面々です。取った札は遊んだあとで返す約束にしておくと、泣く子も出ません。
第4位はおはじき
ガラスのおはじきを窓の光に透かして眺めるのは、昭和の子どものひそかな楽しみでした。もとをたどると、奈良時代に中国から伝わった、碁石を指で弾く遊びに行き着くといわれます。古くは巻き貝の殻や小石を使い、江戸時代には女の子の家の中の遊びとして親しまれ、明治にガラス製、戦後にプラスチック製が出回りました。
おはじきをひと袋と平らな台があれば、二人から遊べます。台の上にばらまき、自分の番が来たら一枚を指で弾いて別の一枚に当てる。触ってよいのは弾く一枚だけです。狙った一枚にだけ当たればそれをもらえて続けて弾け、二枚以上に当たったり外したりしたら交代。手元に集めた数で勝負が決まります。
消費者庁には、子どもがビー玉やおはじきを誤飲した事故の情報が寄せられています。子どもの口は直径およそ4センチ。それより小さい物は、口に入るおそれがあります。小さな弟や妹がいる家では、遊び終えたらすぐに片づけましょう。
食卓の上では、自治体が家庭向けに紹介しているおはじきサッカーも楽しめます。三枚を並べ、二枚のあいだを通すように一枚を弾いて進め、テーブルの端で構える相手の人差し指のあいだへ入ればゴール。おはじきを買いそろえる手間と、幼い子への気配りの分を差し引いて、私の採点は4位です。
第3位はけん玉
表彰台の一角に食い込んだのは、けん玉です。ヨーロッパの玩具がもとになり、江戸時代に日本へ入ってきたと考えられていますが、確かなことはわかっていません。皿を三つ備えた今の形は大正時代に考案され、日月ボールと名づけられました。木工で名高かった広島県の廿日市は、のちにけん玉の一大産地になります。
けん玉がひとつあれば一人で黙々と練習でき、二人なら回数勝負もできます。最初に挑むのは大皿です。
- 大皿が上を向くようにけんを持ち、玉はまっすぐ下に垂らしておきます。
- ひざを曲げて、軽く前かがみの構えに。
- 腕ではなく、ひざを伸ばす勢いで玉を真上へ引き上げます。
- 落ちてくる玉の下へ、ひざを沈めながら大皿を差し入れて受け止めれば成功。
大皿の次は、大皿と中皿に交互にのせ続けるもしかめへ。昭和の休み時間には、童謡のうさぎとかめを口ずさみながら、どこまで続くかを競ったものです。令和の練習なら、メトロノームアプリでテンポを一段ずつ上げていくと励みになります。
玉が人や物に当たらないよう、周りには間をあけて遊びます。一つ買わなければ始まらないので、私の三つ目の物差しでは満点に届きません。そのかわり、一つあれば何年でも遊べます。
第2位はあやとり
使うのは、毛糸の端を結んで輪にしたひも一本だけ。一人でも二人でも遊べます。
一人あやとりでは、輪を両手にかけて指でひもをすくったり外したりしながら、ほうきや東京タワー、橋といった形を作ります。二人あやとりは、相手の手にかかった形を自分の指で取り移し、川から舟へと形を変えていく対戦です。形が崩れたり、ひもがほどけたりしたら負け。
あやとりは世界中で見られ、一か所から広まったのではなく、各地で自然に生まれたと考えられています。日本でいつ始まったのかははっきりしませんが、江戸時代の書物や浮世絵にはもう登場しています。昭和の冬は、こたつに足を入れたまま、向かいの相手と川や舟を取り合うのが定番でした。
新しい形は、今なら動画を見て覚えられます。家族が一人ひとつずつ違う形を覚えてきて教え合うと、祖父母の指から思わぬ技が出てくることも。どの物差しでも高い点を取りながら、大勢でいっせいには遊べないという一点で、1位を譲りました。
第1位はだるまさんがころんだ
振り向いた鬼の前で、片足を上げたまま固まる子と、こらえきれずに吹き出す子。昭和の路地や空き地で、何度となく見た光景です。
道具はいりません。鬼が一人と、近づく人が二人いれば十分。
- 鬼はみんなに背を向けて目をつぶり、だるまさんがころんだ、と唱えます。
- そのあいだに、ほかの人は離れた場所から鬼へ近づいていきます。
- 唱え終えた鬼が振り向いたとき、動いているのを見られた人は捕まり、鬼のそばで助けを待つことに。
- 鬼までたどり着いた人が、切った、と叫んで鬼と捕まった人のあいだを手でたたく。その声を合図に、全員いっせいに逃げ出します。
- 鬼は十数えてストップと声をかけ、全員その場で止まります。そこから鬼は十歩進み、手の届いた人にタッチ。タッチされた人が次の鬼です。
いつ始まったのかは、調べてもはっきりしませんでした。似たルールの遊びはアジアをはじめ世界各地にあり、韓国ではムクゲの花が咲きました、と唱えます。
私の推す令和アレンジは、ころんだの部分を鬼が自由に言い換える遊び方です。だるまさんが笑った、なら笑顔で、だるまさんが寝た、なら寝転んで止まる。三人いれば居間でも公園でも始められ、幼い子から祖父母までが同じ決まりで遊べる。居間でやるときは、逃げるのは早歩きまでと決めておきましょう。体の大きな大人ほど、止まったつもりでもぐらつきが目立つもの。三つの物差しのどれを当てても、文句なしの優勝です。
令和アレンジで昔遊びをもう一段楽しむ
スマホや動画は、昔遊びの敵ではありません。記録係にもコーチにもなってくれます。
記録表アプリと見比べ動画で腕を上げる
私なら、スマホの共有メモや表計算アプリで家族の記録表を作ります。もしかめの連続回数、竹馬で進めた歩数、ベーゴマが回り続けた秒数。記録を塗り替えた人が名前を書き換えるたびに、家の中で小さな記録会が開かれます。
けん玉や竹馬は、手本の動画と自分の動画を並べて見比べるのが上達の近道です。ひざの沈み方や目線の高さの違いが、言葉で説明されるより早く伝わります。
大人のレクリエーションは昔遊び四種競技で
正月の親戚の集まりや職場の懇親会なら、けん玉、おはじき、ベーゴマ、あやとりの持ち場を順に回り、合計点を競う四種競技がおすすめです。大皿の成功回数、取ったおはじきの枚数、ベーゴマの勝ち数、一分で作れたあやとりの形の数を、そのまま点数にすれば準備はおしまい。子ども向けと思われがちな昔遊びが大人も楽しめる遊びだったことに、最初の一巡で気づかされるでしょう。
盛り上げ役には実況係を一人。スポーツ中継のアナウンサーになりきって、さあ玉が上がった、と声を張るだけで場が沸きます。昭和育ちの参加者には、審判長と、若い人へのベーゴマの手ほどきをお願いしましょう。
SNSで映える昔遊びの撮り方
自作のめんこは、机いっぱいに並べるだけで写真映えします。家族それぞれの絵柄がそろえば、昭和の札にも負けない賑やかさです。あやとりは手元だけを撮れば顔を出さずに投稿でき、色の濃い毛糸を使えばひもの線もくっきり写ります。
けん玉はアメリカでストリート文化として広まり、スケートボードのように技を決める遊び方が共有されています。技が決まった一回だけを短い動画に切り出すのが今風。そこに至るまでの失敗の山は、撮った本人だけが知っていればいい話です。
伝承遊びが今の子どもに残してくれる力
足の裏とひざで覚える体の使い方
竹馬に乗った子どもは、体重をどこへ移せば前へ進めるのかを足の裏で探り始めます。けん玉はひざの曲げ伸ばしで玉を運び、ゴム跳びは高さが一段上がるたびに踏み切りを変えさせる。だるまさんがころんだで身につくのは、動いている体をぴたりと止める技です。走る、跳ぶ、止まる。昔遊びを渡り歩くうちに、体の使い方がひととおりそろいます。
歌と掛け声は子どもの口で姿を変える
鳥取県のウェブサイトには、昭和の半ばに県内で採集されたゴム跳び歌が載っています。熊さん熊さんまわれ右と歌いながら跳ぶもので、隣の島根県には熊さんのところを猿さんと歌う土地もありました。だるまさんがころんだの掛け声も、関西には坊さんが屁をこいたと唱える地域があるそうです。決まりはそのままに文句だけが入れ替わっているのは、遊ぶ子どもが手を加えてきた跡だと私は見ています。
仲間を逃がし年下に教える
缶蹴りでは捕まった仲間を救いに物陰から駆け出し、だるまさんがころんだでは鬼とのあいだを切って仲間を逃がす。どちらも、誰かのために動く一瞬が勝負を分けます。あやとりを年下の子に教えるときは、指の動きを言葉に置き換えなければなりません。小指でここをすくって、と口で伝える難しさを知った子は、相手の手元をよく見るようになる。伝承遊びには、人に伝える場面が最初から組み込まれています。
今の暮らしに昔遊びがなじむわけ
おはじきやあやとりなら一回の勝負は数分で終わり、電池も充電もいりません。予約も月謝もなく、道具は引き出しひとつに収まる。共働きで時間のやりくりが厳しい家庭でも、週末の朝の十五分なら差し込めます。
わが家の昔遊びランキングを作ってみてください
物差しが変われば、順位はがらりと入れ替わります。小さな子のいる家と、祖父母と三世代で暮らす家とでは、1位が違って当然です。
今度の週末、家族それぞれが紙に好きな遊びを三つずつ書き出してみてください。出そろった候補を一つずつ実際に遊び、全員で点をつければ、わが家だけの昔遊びランキングの出来上がり。私の1位がそこで何位に沈むのか、今から少し怖くもあります。
試合開始です。
